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菱川師宣「盆踊り図」
ゴッホ「種を撒く人」
■ 倉庫と引出し -7 〜建築のディープポイントへ〜目の喜び -3
「見返り美人図」を描いた菱川師宣が生きた17世紀には彼の他に井原西鶴などが「好色一代男」などを描いており、浮世絵には一般にシリーズものが多い。後に登場する喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川広重などの作品をみてもそのことがよくわかる。これらのシリーズ物は木版画であり、絵を描く絵師、それを木に彫り込む彫師、彩色を施して紙に刷り込む刷り師、それに注文主を入れた少なくとも4者による協同作品である。「見返り美人図」はこれらと違って肉筆画であるから、基本的には師宣1人によるものであり、さらに連作ではない一品ものである。するとその絵をみた人間にとって、描かれた美人の身の上や、なぜ振り返っているのか、何を見ているのかなどをシリーズ物の作品よりも一層想像することが促される。師宣が美人の輪郭をはっきりと描き、背景色から色を際立たせたことで、その輪郭の内側に閉じ込められている描かれた人物のストーリーが見る人間の頭の中で立体となって立ち現れる。
洛中洛外図が江戸時代の浮世絵の原形となっていることを考えると、こうした背景の色や描き方は主役を際立たせるための工夫が色々となされてきたのがわかる。洛中洛外図では雲やかすみがそれに当たる。遠景のなかでクローズアップされ非常に細密に描かれた部分とのコントラストを強める働きをしているのと同時に、多視点の描法のために生じた矛盾をごまかしてもいる。
西洋では、やはり北斎などの浮世絵が影響を与えたとされる印象派の作品にこうした背景への配慮がうかがえる。特にゴッホの場合、その背景は大きくうねるものであったり、様々な色が使われた点描のような描き方がされ、背景そのものがすでに主題を表現している作品が多い。「種を撒く人」ではあまりにも鮮やかな黄色が背景に使われており、タイトルにある種を撒く人(それがゴッホ自身かどうかは問題ではない)の心象風景を描いている様にもみえる。この点は洛中洛外図のかすみや雲とは異なる点である。すなわち、ゴッホの背景はもはや背景ではなく、師宣が美人の輪郭の中に閉じ込めたストーリーを逆に背景に流出させ、画面いっぱいに表現している。
こうした背景への様々な配慮は、一枚の絵画を巡るストーリーを見る人間の知覚空間に想起させる役割を果たしている。
渡邊 大志
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