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■ 倉庫と引出し -10 〜建築のディープポイントへ〜 
  :人間の動きと空間 ミ シリーズの意味2

 葛飾北斎の「北斎漫画」は江戸の庶民の生活を多くモチーフにしている。全15編のシリーズで描かれているものだが、その描く対象の選択には19世紀の江戸という背景と、北斎自身の主体が表現されている。
 初編は1814年に描かれており、その対象は庶民の生活から妖怪まで、創造力に富んだものとなっている。彼は死の直前の1849年まで、このシリーズをひたすらに描き続けた。北斎は、彼の浮世絵師としての技法を彼の弟子に伝えるために「北斎漫画」を描いたというのが俗論であるが、このシリーズはまさに彼の人生そのものの表現である。写真の技術が浮世絵に変わって台頭してきた明治期に最後の浮世絵師と言われた月岡芳年は浮世絵以外の全く違う技術や思想を弟子に学ばせたが、月岡が自らの作品を通した浮世絵の技法を伝授することにこだわらなかったことは本質的には江戸末期における北斎にとっての「北斎漫画」の有り様と何ら変わることなく相通じるものがある。すなわち、どちらも自らの人生をありのままに提示することから弟子に多くを学ばせ、北斎も月岡もその時々の浮世絵の展開を目指した。ただそれが発展期か転換期だっかの違いだけである。
 日本特有のシリーズものは、そのまま作家自身の価値観、感性、人格そのものが表現されている。もちろんシリーズものを見る人間にとっては、描く人間の人格が生み出した知覚空間を体験することに等しい。我々が描くスケッチには描いた人間の品位や人格が全て表現されるので非常におそろしいが、たまらなくおもしろい。我々が建築という一種の空間装置を用いて具体化する知覚空間は、浮世絵においてできるだけ大作のシリーズものを体験するのと同じ事なのである。
 「北斎漫画」に描かれた生き生きとした江戸町人達の生活の中での動きは、描かれた町人達の動きと同時に、それを描いた北斎自身のストーリーを閉じ込めている。

 渡邊 大志