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■ 倉庫と引出し -14 (動くものと動かないものとの相互貫入-3)
   〜建築のディープポイントへ〜:知覚世界の構造体


 知覚世界の構造体は時間を包含する。時間は速度そして距離を発生させ、ひいては空間を生む。そして我々は時間を包含する構造による有機体として知覚世界を感じることができる。
 北斎は西洋画からパースペクティブを学び、研究していた。その過程で彼自身の作品を正しいパースペクティブに当てはめて描いてもいた。このとき彼が描いた絵はパースペクティブ、すなわち距離の概念を構造としたものであることを彼は当然自覚していた。その後、北斎はあえて間違った(歪んだ)パースを用いて多くの作品を描いていく。彼の歪んだパースの絵画は既にパースが持つ距離という本来の構造を失っており、それはシリーズやコマ数などの手法によって時間を包含した構造体にとって変わられている。つまり、パースという距離の構造から脱したコマの速度の先に時間という新しい構造を発見したのである。
 繰り返し述べてきた日本のアニメーションはそれと同じ構造を持っているが、それは必ずしも一つのモノとして現れるわけではない。こうした知覚世界の構造を強く意識した日本古来の遊びに連歌というものがある。連歌は初句から始まって、その先の句をリレーしていく知的連想ゲームである。前の句の読み手は続く語を唱え、次の読み手はその後を受けながらまた次の読み手に続く語を唱える。さらにその過程には細々としたいくつかのルールがある。こうして一つの連歌という有機体は参加した読み手全員の意識、教養、品格などを構造として全体を形作っていく。ここでいう初句を詠む人物がこの有機体のいわば設計者であり、全体のマスタープランは初句に含まれる話題、キーワードによって方向性が与えられる。しかしそれでも最初の読み手が完全に全体をコントロールすることは不可能であり、最終的な有機体を最初から把握することは不可能である。
 この様にもはや空間の定義は時間の概念を包含することで従来のそれとは異なってきており、連歌の様な有機体もまた一つの建築である。

 渡邊 大志