2003 十勝フィールドミュージアム計画

北海道の十勝平野にあるヘレンケラー塔の前方に第2期として、フィールドミュージアム、及びセミナーハウスを計画中です。




スノーフィールド・カフェ北海道十勝
フィールド・カフェ北海道十勝

十勝ヘレン・ケラー記念塔
ワークス・フォー・マイノリティ
掲載雑誌:GA JAPAN No.54

 



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静寂の塔 TOWER OF SILENCE

 日本の最北端の島北海道に「静けさの塔」を建設中だ。先住民族の一つであるアイヌ族の生活圏十勝原野の丘の上が建設地である。オーナー(クライアント)は北海点字図書館。日本有数の歴史を誇る盲目者のための活動を続ける帯広市の組織である。この盲目者のための図書館はヘレン・ケラー女史来日を記念して開設された。
 建設中の「静けさの塔」の正式名は「ヘレン・ケラー記念塔 星山(せいざん)荘」という。北海道原野に一人立つ小さな塔だ。内部は4層になっている。20メートル弱の細身の塔で、風が吹けばしなりそうな風情である。この塔の独特さは、盲目の人たちにも楽しんでもらえるようにさまざまな工夫がこらされていることにある。また、その独自な工夫の数々によって、通常の機能主義的建築の枠を超えようとする試みが解りやすいことにも価値があるだろう。モダーンデザインは常に視覚的な価値を最優先してきた。その他の価値は大方捨てられてきた。十勝に建設中の「静けさの塔」は視覚的な価値の他の意味について、むしろ重点を置いて工夫された。
 盲目の人の想像力について想いをこらすこと。その尊厳を愛しむこと。これが十勝の「静けさの塔」のデザインの基本だ。盲目の人の闇の中にどれほどの驚くべき想像力がうごめいているのか。その不自由の中の自由にこそ、デザインの未来を考える大事な意味が発見できるのではないか。
 塔の内部は各層ともに異常に暗い。モダーンデザインが嫌った闇が溢れかえっている。盲者の闇を目明きもまた、体験し、深くその闇の可能性を体験しようというわけだ。盲者は空の青さを知らぬという。日没の荘厳も解らぬという。しかし、おそらく、その不可能さゆえに我々の知らぬ驚くべき感知世界を知るはずだ。五感の外の第六感、七感の世界を深く知るにちがいない。それゆえに、この塔は盲者の闇を共有することによってしか得られぬだろう感覚の総合的な実験の建築なのである。

 なぜ、静けさの塔と呼ぶのか。
 それはさまざまな音に満ち溢れた塔であるから。まず、人々はその塔に近づくにつれ、風の吹く日であれば微妙な草笛に似た音を、塔が発するのを聴くだろう。インドネシアのバリヒンドゥの島バリにはスナリと呼ばれる独特の楽器がある。竹の棒にさまざまな形の穴をあけ空に立てる。風が吹くとそれは竹笛のような音をたてる。この塔にもさまざまなスナリや風鈴、そして風の琴が仕込まれている。風の具合で奏でる音も万象であろう。コーナーに張られた極細のワイアーは極致の音を鳴らすだろうし、表面に貼り込まれたアルミ板のエッジも良い音を創り出すだろう。雪や氷もさまざまに塔にまとわりつき、時には塔は氷の衣装をまとい、それは吹雪に壮麗な交響曲をかなでるにちがいない。
 塔の内外には雨の日には驚くほどの水の四重奏が演じられる。塔の内外の雨樋は複雑にデザインされて、人々は雨が小さな滝となって塔を流れ落ちるのを楽しむだろう。また、塔に降り落ちた雨は一カ所にまとめられ、百メートルほどの流れになるようにデザインされている。その小川にはわずかな水の流れしか出現しないだろうけれど、その音を楽しめる人間もいるにちがいないのだ。冬にはその流れは大きな氷のつららになってさまざまな音を発し、それに触れる人たちに喚声を上げさせるにちがいない。
 内部もすべて音の集合体である。床の砂利の音は海鳴りの音を想わせるだろうし、ろうそくの燃えとける音や匂い。内部の水の音。床鳴りの音。それは視覚の楽しみを超える知的な喜びを人に与えるだろう。二階の風呂場の階は外のテラスも含めて、すべて触覚のフロアだ。空間はすべて触覚を第一に構築されている。風呂に張られた水が全フロアに溢れ出したのを想像すれば良い。水にとっぷりつかったように、この空間は人の身体を触覚によって包み込む。触覚のプールである。第三層は闇の茶室。かすかな光と、音と、触覚そして嗅覚だけを頼りに、それぞれの人間は、盲者も、目明きも、共に極めて感覚的な場の雰囲気を体験することができる。
 第四層は静けさの小カテドラルである。
 ここでは人々は現代で最大のノイズである視覚的デザインから解放され、闇の中にかすかに差し込む光や、わずかな隙間からしか視えぬ、アイヌの神(カムイ)の山、幌尻(ポロシリ)岳の落日の光のぬくもりを感じることができる。
 つまり、塔の内部は極めて複雑にデザインされた闇が溢れている。眼に見えるモノは極度にコントロールされて闇の中に隠されている。それがこの塔を「静けさの塔」とよぶ由縁だ。

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石山修武研究室
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