死者の国
パガン

 「今、いる、T市のこの貧相な森から、ズーッと西へ離れた処で、砂漠の中に立つピラミッドと呼ばれるものに似たものを、幾つも見たことがあるの。」
 Mという、名のあるカラスの信号である。「メコンの河に導かれて、チベット高原から海へ向けての旅の途中だった。私はピラミッドに再会しました。
 大きな流れがグルリと大曲がりする荒れ地の中に、それはありました。とてもヒンヤリとした、ピラミッドの中のような風が吹いている処でした。
 でも、ピラミッドのある砂漠には、ああいうヒンヤリとした、そうね、死体みたいな肌触りの風は吹いてはいなかった。ナイル河の風はもっと熱気をはらんでいたわよ。ライオンの息づかいのように熱かった。
 私はね、風の種族を読み取る力があるのよ。敏感なのさ、風にはね。もう一億六千万年も、生まれ変わりながら生きてきてるんだから。」

 「めったに驚かぬ、さすがの私も、ギョッとして、はしたなくも、ギャーっと鳥らしい声をあげてしまった。制御できなかったの、意識を。
 だって、その荒れ地にはピラミッドが一つや二つどころではなく、あった。三〇、四〇、でもなく、幾百どころではなく、毎日数えて飛び廻って、五千に七〇欠けるところまで数えて、私は数えることを止めてしまったぐらい。」

 「薄茶けた台地のところどころには、トゲのある野バラが生い茂っていた。ヒューヒューと冷気に満ちた風、死体の冷たさそのものみたいな風が吹く、この台地を、私はたいそう気に入って、千年をそこで暮らしていた。
 最初のころは人間たちと一緒に、やがて、人間たちはなぜだか、そのピラミッド群の都市を捨てて、どこかへ去ってしまったから、幸いにも、完全に人間の居ない都市になったから、本当に私には居心地がよかったの。
 毎日、毎日、くる日もくる日も、私は闇の巡礼を続けることができました。
 五千ほどもあるピラミッドを巡り、その中にある闇を訪ねて飛び廻った。それはそれは幸せな千年だった。
 ピラミッドの中の闇には、たくさんのコウモリも居ました。彼らとは、多少のいざこざはあったけれど、闘わねばならぬほどのことではなかったしね。
 それはそれは、居心地のよい、ヒンヤリとした闇が、それこそたくさんあったのよ。

 大きな雪嶺の連なり、人間たちがヒマラヤと呼んでいる山々、八千メートルを超える山を超えて飛ぶ白い鳥、鶴たちから聞いた話しだけれど、私は高くは飛ばないからね、そういう趣味は無いんだ。
 鶴たちの種族の間でも、ここはよく知られた処らしい。あの種族はヒマラヤを上昇気流に乗って飛び越えるのが好きなのさ。変な種族だよ、まったく白々しいったらありゃしない。好みもなにもかも私とは正反対な種族だけれど、鶴族の言い伝えでは、イラワジのほとりのこの台地にだけは近付くな、と代々言い伝えられているらしい。
 あそこは闇の国、死者の国、黄泉の故郷だからって。」

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