秋 | ||
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秋になっている。涼しく、少しひんやりとした風が吹いている。夏の陽光の強さは去った。光もまた、時とともに転生を繰り返している。多摩丘陵の丘を登り、また坂を降り、XとWは動かぬYの部屋を訪ねている。
XとWは、昼過ぎYの部屋を訪ね、ある提案らしいことをした。協同の絵本作りをしましょうという申し出である。二人にとってみれば何の他意もない、動かぬ人となったYの無為らしきを、なぐさめたいとの思いから出た考えだ。 「機嫌が悪かったですねェ。ビックリしました。」「そうか、君はYのああいうのに出くわすのは初めてだったな。ビックリしたか、ハッハッ。」若いWに年齢なりの余裕を見せようとXは平気を装ってはいたが、つくった笑いは三文芝居の科白のごとくに浮いている。「ああいうの、これまでにも時々あったんですか。」「そんなにめったにあっちゃ困るよね。でも今日の変形タイプにはたびたび出会ってる。」「あそこまで言うか、と思いましたけど、アア、ここに芸術家がいるナァ、とも思いました。」「そうだねェ。くだらない意味論、解釈学に付合う気持ちはない、ってのは、アレは言い過ぎだあ。そう言いたい頭の良さは解るけど、絵本作りまで、その明晰さを貫きたいってのは、ある意味じゃ芸術ボケだと思うけれど。Yの場合は同時に良質な知識人の典型の風もあるから厄介なんだよ。」「絵本の主役をジジイにしたのが気に入らなかったんでしょうか。」「それほど、彼は単純じゃないよ。だてや酔狂に知識を積み重ねている人じゃあない。それに、ジジイが主役じゃあなくて、ジイジじゃないか。しかもアルファベットの GiGi をジイジと読ませる工夫もある。」「そうですね、Y先生も、ジイジかって最初は喜んでくださってましたよね。じゃあ、問題は何処にあったんでしょう。」「Yさんを主役にして、その主役を GiGi と呼ぼうというところまではOKだったんだ。おまけにスーパー GiGi にしましょうかって言ったら、スーパーマンみたいなのはゴメンだと、まだ機嫌よかったと思うんだけど。」「やっぱり、Xさんのシナリオですよ、問題なのは。箱の中の GiGi っていう。」「君もズバリと来るね。やっぱり、そう思うか。」「ハイ。」 「俺も、そうではないかと、気付いてはいるんだ。気付きたくないけれど‥‥‥。」「そりゃそうですよね。絵本のシナリオ作るのはXさんの、いわば職業ですからね。」「君、追い討ちかけてくるね、今日は。眠ってない時は、時にイイヨ。眠らないでいれば、もっとイイけれど。」「問題そらしてません、その言い方。」
Xはタジタジである。動かぬ GiGi にタジタジ、眠る建築家にもタジタジである。
「絵本作りは休止しますか。Y先生がイヤだっておっしゃるんだから、動きようがないと思いますが。」「結論は急がぬ方がよい。こんな時はね。君は建築家なんだから、普通よりも更に急いだら駄目なんだ。Yさんも今は昼休みの時間だ。もう小一時間もしたら、また、気を取り直して話しを続けてくださるだろう。今はジィっとここで待とうではないか。老人ホームで急ぐのは厳禁だぜ。」「変な理屈だと思うけれど、マア、今はここで待つのが一番でしょうな。他にすることも無いし。僕もY先生と同じに少し眠ることにしましょう。ここに居ると自然に眠くなりますねェ。誘眠効果があるんだな、きっと。」「それがいいよ。私は少し考えごとをしたい。誰か相手がいて話すことの方が考えやすいんだけれど、君は眠っていたって一向に構わない。私は私で独りで話しているから。」 | ||
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