第十便
「りんご」と言えば、美空ひばりのりんご追分の哀切や、北国青森の寒い空や畑の景色を思いおこす人がいるだろう。わたしもそうだった。梨と言えば鳥取の二十世紀で、桃は岡山の白桃、ブドウも岡山のマスカット、さくらんばは山形、そして他の何よりも、リンゴは青森、のきまりがあった。
でも、今はちがう。
「りんご」と言えば佐渡を想うのだ。佐渡に横たう天の川の光と一緒に、さそり座の星のように赤く輝く佐渡のりんごを、そして陶然と我を忘れる程の、あの甘みを思い出す。たった一つのリンゴとの出会いがそうさせた。昨年の秋、所用で佐渡島へでかけた。そこで真野町の町長さんにお目にかかり、佐渡のりんごの自慢を聞かされた。しばらく経って研究室にりんごが送られてきた。期待もせずに一かじりして仰天絶句、何ともたとえようのない甘みなのだ。実ワ、歯があんまり強くないのでりんごは苦手だった。敬遠気味な果実であった。ところが、その一かじりが、りんご嫌いを一転させた。忘れられない味になってしまったのだ。それ程の美味であった。深い甘みの中に、例えば闇の中に走り抜ける光芒の如き煌めきがあった。
たちどころに佐渡に連絡して、求めた。友人知人にも分けたいと考えたからだ。しかしできなかった。不勉強で、この佐渡のりんごの大人気振りを知らなかった。なにしろ、この超絶美味リンゴとも呼ぶべき宝石は佐渡郡真野町の「西三川(にしみかわ)果樹組合」の傑作で、しかもこの組合はたった十四戸三十六人で構成されていて、このりんごはほとんど子供を育てるように手間ひまかけて生み育てられ、限られた人達だけに分けられているのだと言う。
いきなり欲しいと言われても、本当に数に限りがあって分けるのが不可能なのだと言う。
しかし、そう言われても、とてもあきらめられるような味ではない。明治時代末期から佐渡で育てられた執念の甘みだ。それで一年を待った。切々として待った。その間たった一つのリンゴも喰べなかった。アレを知ったら他のリンゴは喰べれるものじゃない。それをお分けする。
これは相当の自信モノであるから頭を下げない。量に限りがあるので先着順、一杯になったら打切りとさせていただく。マ、あせって注文して下さい。一かじり、一閃脳裏に荒海や船小屋、たらい船そして、ひばりの佐渡情話。ひとときが万里の旅となること間違いなし。
さて、あんまり青森の人たちの気持を逆なでしてはいけない。青森にはアノひばがある。前回ご案内したひぱの木枕「夢枕正三郎」は予想外の人気だった。そりゃそうだろう。
アレはこの通信を読んでくれている人たちだけにしか手にできぬオリジナル商品なのだから。それでわたしたちもチョッと気を良くして次のオリジナル商品を手掛けることにした。又もひばだ。柳の下にどぜうは多い筈なのだ。
夢枕とくればやっぱり浮世風呂だろう。それで入浴用の道具をデザインしてみた。ひば製の小椅子。そして風呂桶のフタ。これは皆さんが今使っている風呂桶、最近はバスタブと言うのだが、そのそれぞれに合わせた注文製品にすることにした。プラスティック製であろうが金属製タイル製なんでも良ろしい。寸法さえ送って下されば注文通りのモノを作って送ります。もちろん木の香床しい青森ひば製。おまけに、風呂に入りながら本を読みたいなんて人には、その風呂のフタに読書台がセットできるという、なんたるすぐれたモノかとつぶやいてしまうモノだって開発してしまった。
年の暮れが近づきました。大好評だった伊豆松崎町「小邨(こむら)」のソバを、またまたご案内します。店主小林興一も絶好調。沢山ご注文下さい。十二月二十日と、来年一月十七日に小邨から発送します。
十二月に十日ほどカンボジヤのプノンペンに出掛けます。例の「ひろしまハウスinカンボジヤ計画」のためです。少しずつ資金が集められ、いよいよ着工の準備ということになりました。何度もお願いして申し訳ありませんが大事な計画です。今一度伏してお願いです。「ひろしまハウス」の絵葉書、買って下さい。この絵葉書はひろしまハウス竣工までをシリーズにするつもりです。初回のが売り切れませんと二回目が出せません。こんな泣き言を言うのも辛いのですが、敢えて言います。もっと買って下さい。
北海道アリスファームの「ゴム長靴」。試してみて下さい。アリスファームは藤門弘さんのシェーカー家具で余りにも名が轟いていますが、この長靴はこれから名が響いてゆく筈のモノです。舌足らずの説明も要らぬ程のゴム長靴の王者です。
おわりに、尾道の「味付ちりめん」をおすすめします。これはふりかけの王者と呼びたい絶品です。寒い冬の朝、ホッカホカ御飯にさらりとかけて食べれば、何とか一日が平安に過ぎてゆくような気さえします。
次第に我ながら怪しい宣伝になり始めました。今年はこれまで。アッそうだ、松崎町のオリーブ茶もお忘れなく。来年はまちづくり支援センターの本を出そうと、今、頑張っています。お互いに良い年にしたいものです。心から「よいお年を」。
一九九六年 師走 まちづくり支援センター 石山修武