I 世田谷村アイスランド紀行

石山修武 世田谷村・スタジオGAYA  開放系技術論

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高地で、盆地で、海岸線での3つの道筋とする。
海岸線で、日々の日報を交える

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6月は地元世田谷と銀座ギャラリー「せいほう」で展覧会を開催します。
まずは6日からの旧甲州街道沿いの三代目鍛冶屋でもある清水工業所「土間ギャラリー」での小品展 のお知らせ。21日からの「せいほう」での展示は木彫と金属線刻が中心です。新人として立体に取り組み、3年経ちました。 その区切りとします。地元世田谷では小品展を持ちます。時節柄、「護符、厄除け」を作ったので、ご覧ください。

「ギャラリーせいほう」展について
掘る、彫る、刻むーーは自分の性に合っているな、と考えるに至った。描く、塗る、と比較すれば、である。
昨年、石を彫った。ネパールの石工アルジュンの助けを借りた。面白かった。でも物足りなさも残った。こんなに面白いのは独人でやるに限ると考えた。いささか長く建築設計してきた。設計で大きいのは独人では全ては出来ぬ。種々の技術者達との協働である。何よりも実物と呼ぶ物体を作るはゼネコン他の大小組織の力を借りねばならぬ。
独人で「立体」を作り尽くそうと考えた由縁である。
独人で山にゆき、海辺を歩き、材料を先ず拾い集めた。伊良湖半島老澤町伴野一六(※)を倣ったのである。
一六さんにはまだ遠く及ばぬが、彼の「生」の中枢の喜びは少しばかり知った。老いたけれど長生きして、作り続ける。
2021年6月4日 石山修武

「伴野一六邸異聞」(『異形建築巡礼』国書刊行会、所収)

岡本太郎「明日の神話」コロナ事変下で

WTCビル(NY)のイスラム原理主義者達による消失事件は当時のブッシュJr.大統領が「コレは戦争である」と述べたが、それに続く数々の大災害の連続、コレには福島第一原発の消失も含まれよう。コレもほぼ戦争に相似する。
今(2021年春)、渋谷駅コンコースに、メキシコから帰還した「明日の神話」は、大阪千里の太陽の塔と共に、人々が注視することは無いが、冷然として在り続ける。何がそう在らしめたのだろうか?
簡単な答えはあり得ようもないが、やはり子供達、わたくしの様な高齢者も包含する膨大な人々の無意識の集合がそうさせていると、考えるのが一番、それこそ明日の神話なのではあるまいか。希望はまだ在るのだ。

2021年春 石山修武

真昼の銀河鉄道3

現在進行中の窟院工事現場が万が一にも在れば、何を置いても駆けつけたい。例え、それがヒマラヤ奥地であったとしても。

デカン高原のエローラ窟院群を全て見て回るのは酷である。暗闇に入り込んだり、凄惨な外の陽光の中へ出たりを繰り返す。その温度差が体力を消耗させる。

我々、アジアモンスーン下の柔らかい気候下に暮らし続けた民族には想像不可である。「インドの旅」の堀田善衛はその冒頭でホテルの床掃除する人を描写しながら、カーストの非合理へと考えを進めた。床提示に技術と呼ぶ必要なかろうが、労働の持続だけは要する。小さな手ぼうきで床を掃き続ける繰り返し、これも意思であるは必要とされる。 デビット・リーンの「インドの旅」はインドの真昼の灼熱と、夕闇から深夜にかけての闇の始まりの愉楽とを描いたモノであった。映画では窟院状の洞穴で、目くるめく狂気に襲われ、外の陽光に飛び出る情景が撮られた。あれはヨーロッパ人のインド植民地支配、東インド会社の非合理の極みをきわめたヨーロッパ人のヨーロッパ近代そのものを作り出した大きな礎であるインド収奪の原罪から描かれただけのモノではない。アラビアのロレンスを撮った人間である。より深くヨーロッパ人のすなわち自身の内なる身体と想像力の関係について考えを巡らせたのである。長々と続く法廷場面はヨーロッパ文化の象徴として描かれた。法廷は内であり、現実は外であった。

堀田善衛はインドの窟院体験を、アジアの凹型の思想らしきとして描写した。その考えは若い自分のアジアへの旅の一因でもあった。

ようやく後期高齢者の今となり、コロナ事変のパンデミック渦中の、白昼の洞穴状への閉じこもり生活を続け、ソロソロ、アジアの凹型からは卒業できるかと考えるにいたり、それで再びの真昼の銀河鉄道となったのである。 二つの「インドの旅」は裏表であった。アラビアのロレンスの最期は主人公がBMWオートバイでイギリスの田園風景を駆け、人影と衝突、空中に放り出されるで終わった。

放り出されたロレンスはデービッド・リーン自身でもあったのだろう。「近代」の祖型はイギリス産業革命であった。日本への近代の至来は大きな時差があった。堀田善衛のインドの旅はその時差から生み出された。 一部の映像はよく文学を越えることがある。言葉(文字)で書き尽くせぬ部分は、宙に放り投げてしまえるからである。俗に呼ぶバーチャル・リアリティの大方を自分は信用しない。その立場に身を置くことだけは決めている。

真昼の銀河鉄道4

スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」はアーサー・C・クラークの原作を超えていた。でも、その映像は現実の2001年9月11日のN.Y.でも事件報道には届かず、WTCビル崩壊の噴煙の中に埋没している。あれから20年経った。同時多発テロはパンデミクスとなり、諸災害、事件の報道は途切れることなく連続している。

この連続は情報化時代(第二次産業革命)以前にも在ったのだろう。伝わらなかっただけだ。パンデミクスは数限りなく生まれ続ける人災の一つである。

窟院をそれでも書くは「時間」を考えたいからだ。

デイビッド・リーンも堀田善衛も、すなわち洋の東西を問わず、窟院の何か底鳴りの音を聴いたのである。それを彼等は伝えたかった。双方ともにインド窟院の廃墟を視、体験しての感慨を表現した。でも窟院を掘り上げるのには実に長い時間を要するのである。その長い時間は近代の時間とは不連続の時間でもある。

日報・制作ノート

真昼の銀河鉄道3

インド最古と言われる集落(文化)ラジギール間近の原始に近い窟院に線刻された図像である。とても全てとは言えぬが、多くの窟院を若い頃から訪ねて廻った。

窟院は岩山を掘って作られる。構築(コンストラクション)とは別系の、物体制作の原理を持つ。若い頃から度々訪ねているエローラ窟院群は西に開口を向けて掘られている。その中心はカイラーサ神殿だ。岩山を露天掘り状に掘鑿した。どうやら仏教窟院群であるアジャンタの其れ等と同様に、隊商ルートに間近で商人たちの巨大な寄進によって資金がまかなわれた。宗教心だけで巨大仕事がなし得よう筈はない。カイラーサは古代より「世界の中心の山」と伝えられ続けた。ヒマラヤ山脈西端の姿が美しい山である。高度は6000メートル級であるから、ヒマラヤ山群ではそれほど高くはない。その姿の美しさが象徴の力として畏敬され続けたのである。

エローラ窟院で、自分が一番心惹かれ続けたのは、しかし、カイラーサ神殿ばかりではない。多くの窟院群の一番外れに掘られた、恐らくは工人達(石彫工)の小さな洞穴であった。その大半は貧しく装飾も施されずに素貧である。でも岩の床に少し段差を設けて寝台(石の)も彫られている。

人間のギリギリの工夫である。入り口は小さく今は草々にまぎれている。

ラジギールのこの窟院もまた、工人とも隠者ともつかぬ人々が彫ったモノであろう。岩の内は寝るだけだった。飲み食い、そして排泄は外でした。岩肌に差掛け木材の構築跡が残されている。

内は暗がりの内で、異常な精妙さで「図像」が刻印されている。車輪と、食べ物を運ぶ人像がある。間近には世界遺産として指定される長い二条の轍状の跡があるが、その由縁は解明されていない様だ。ローマ街道の轍跡とは歴然と違うのだ。何処へ続くのやも知れぬ。西暦0年程に作られた窟院であり、図像刻印である。インド神話に近い図像ではないかと考えるが。その先はまだわからぬ。

制作ノート

日報

制作ノート

真昼の銀河鉄道 2

日報・真昼の銀河鉄道

真昼の銀河鉄道

このドローイングを真昼の銀河鉄道のタイトルを付ける日付の区切りとする。2003年の9月22日の日付がある。

実は、ネパール、カトマンドゥ盆地のパタン市の裏通りの文房具屋で、中国製の子供達への美術工芸教育の道具としての小ワッペン群を発見して、驚いた。それを使ったドローイング(大きいのはM氏蔵)が手許にあるので探したが多くに埋もれて発掘できなかった。

ママヨ説明抜きでズルズルとやり過ごすかとも考えたけれど、我ながらそれが出来ず、この小ドローイングを再発見したのである。二の次の発見かとも考えたが、良く良く想えば、この小ドローイングの方が適しているようだ。子供の文房具で絵をやる、の固苦しい「開放系技術」思考からも自由にドロップアウトしている。マアあの子供のワッペン仕様の奴の方がわたくしなりの原理には近いが、アレをさらに探す時間は惜しいのである。この惜しさは77歳の役得である。コレは手放さぬが、6月6日からの世田谷、土間ギャラリー展に出す。

日報

制作ノート

日報

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日報

日報

日報

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スケッチ2点の解説ー2

日報

番外日録

舟越直木 の作品の一部の感想10結 

終わりに蛇足を附す。
作りたい人はどうしても模倣から自由ではあり得ない。しかも同時代の創作者たちの膨大な諸表現群を模倣、あるいは深く影響される事からの不自由である。
視覚を主とする芸術は特にそれが顕著である。どう影響され、しかも影響しているかは赤裸々にわかるものなのだ。近代芸術の広く強い特性だ。
自然を学び得る創作者は、批評家の言説の中にだけ在り、現実には在り得ようがない。批評家は仮説としての天才を想定しやすいから、自然を学ぶと言う。創作家は、他の創作家、そして歴史的産物群から学び、模倣するのである。近代芸術の宿命である。
観想と呼ばれる禅画らしきの○を考えるとわかりやすい。情性の表れとしての○が追求されるは嘘だ。○は描きやすいから描く対象として設定されるのだ。抽象と具象の区別などは無い。そう区分けして呼ぶのが容易に過ぎぬだけである。模倣の模式である。意味は無い。
船越直木の全体はいずれ解明されるだろうし、解明したいとかんがえる人間も多くなるであろう。今の自分にはコレで精一杯である。

最も言説が世界に流通している日本人の一人に鈴木大拙がいる。キリスト教異端のエックハルトの神秘主義に影響され(関心を持ち)最期には日本的霊性に迄辿り着いた。万物とは言えぬが、諸物に神性を視ようとしたアニミズムである。
鈴木大拙はその行き先に余市の念仏に行き着いてしまった。日本最大の信徒数を持つ浄土真宗の南無阿弥陀仏である。決して井の中の蛙とは呼べぬ大拙にして、この到達点であり、奇妙なナショナリズムの変種ではなかろうか。
あるいは俗な徳川政権下の為政産物である、専門職としての僧職の肯定に過ぎない。
宮沢賢治は日蓮宗法華経に始まり、実に多くの言語に訳されたコスモポリタンとしての創作に辿り着いた。その創作は歴然として、大拙の日本的霊性を超えていた。霊性(アニミズム)は民族性を超えるや否やは不分明だが、日本的と冠がつくのは怪しいではないか?
船越直木は家族全員がカソリック信徒とおぼしき、日本では特異さの内に生まれ育ったようである。G・K・チェスタートンの言う正統(オーソドキシー)からは正常であるが、日本の風土、そして近代史の浅薄さからは明らかに異常である。天性の芸術家はチェスタートンのよく広く知られた小説類に登場する”詩人”の類であろう。そして詩人はチェスタートンが表現した如くに狂人らしきに薄皮一枚の存在である。あるいは狂人を演ずる自意識のかたまりでもある
船越直木が描き続けた人物像ドローイングの人影らしきは何者か?自身であろうと推測せざるを得ぬが、神でもあったやも知れぬ。天性の芸術家の近代の不可能に近いであろう。

彫刻(小立体)とドローイングとの境界は明白に在る。相互流通は無意識になされようが、意識下ではあり得ぬ。物質は人体(指先)と触れ合うにしても決して混合溶触する事は無い。船越直木の彫刻は未知の領域に踏み込みつつあったけれど自己運動の途上にあったろう。
2021年5月28日 石山修武

舟越直木 の作品の一部の感想9 

舟越直木 の作品の一部の感想8 

舟越直木 の作品の一部の感想7 

舟越直木 の作品の一部の感想6 

舟越直木 の作品の一部の感想5 

舟越直木 の作品の一部の感想4 

舟越直木 の作品の一部の感想3 

舟越直木 の作品の一部の感想2 

舟越直木 の作品の一部の感想2
はじめで述べた作品の細部である。才能ある画家の創作物は、時にその全体よりも微細極まる細部にその中枢を露出することがある。おそらくは創作者も気付かぬままに。ほとんど無意識な筆のふるえ、走りが作者の本能と呼ぶべっきを吐露してしまうからである。筋肉の充分にはコントロール不可能な動きでもある。
偶然、あるいは間違いに同じである。
人間の身体を楽器に例えれば、三味線の音の出し方と洋楽器であるバイオリンの差異につながる。船越直木は知られる如くに一家の全てが芸術家、しかもヨーロッパ的教養に包まれて育った小歴史を持つ。しかし、この作品の細部に露出しているのは、中国風山水画の筆運びである。創作家と呼び得る才能は、その本来の教養にも似た枠を踏み出すのである。宋の山水画、ひいては文人画の流れは日本近代絵画においては枠外であった。船越直木は無意識において、その枠外を露わにしている。

舟越直木 の作品の一部の感想1 


求龍堂の「舟越直木」の冒頭作品群は重要である。山景木版5点(ギャラリー展示は4点)山の形を想わせるフォルムが神秘的な重量感で壁に宙吊りされている。宙吊りは写真では感得不能、実物を体験する他はない。
何故、重要であるかは、この山景木版は彫刻、および絵画と呼んでいる物体が建築から分離してしまった歴史をも示しているからだ。勇気を持って言えばロマネスク彫刻を持つ修道院の大扉と同類だからだ。それ程の重量感が在る。4.5cmの厚さの木版かと思いきや、裏をのぞかせてもらえば舞台セットの造り込み状の木工細工の工夫による。舟越直木はどうしても重量(重力かも知れぬ)が欲しくて、そうした。
建築から彫刻絵画が分離したのは近代でしかない。それ故にこの作品群は。分離のキシミを表現しているのである。
神秘的と書かざるを得ぬ、その神秘は例えば日本的霊性に非ず。より即物として芸術家(近代)の手で露出している。
この作家のオーソドキシー(正統性)は彫刻絵画の近代の(日本の近代ではない)悲劇性に届いてしまっている。

2021年4月22日 石山修武

開放系技術論 製作論について1 

開放系技術類スケッチ4 

開放系技術類スケッチ3 

開放系技術類スケッチ2 

開放系技術類スケッチ