スタジオ GAYA

開放系技術論

高地で、盆地で、海岸線での3つの道筋とする。
海岸線で、日々の日報を交える

「山の姿 」 表紙解説
第二の故郷である伊豆西海岸、松崎町での”なまこ壁通り”計画に想いを巡らせる内に、考えは飛んだ。松崎町では依田敬一元町長の許で町の景観作りんい取組みもした。依田敬一は北海道開拓の祖である依田勉三の意を継ごうの英才であった。その事は又、別に記す。
海と山の境界線に位置する松崎町は図に示す牛原山を”うしろ山”として持つ。人々の生活の背景としての”うしろ”である。
それ故に景観作りは牛原山の姿を、その背景に据えるを旨とした。

山の姿が人々の意識、無意識の基準に在ると考えざるを得なかった。
今、コロナ事変下で鎖国状況の最中である。アジアの竜骨であるヒマラヤ内院、ツクチェには出掛けられぬ。ツクチェの神の山、ブルギリと牛原山、そして大和三山(三輪山)の山の姿が一つながりに浮かび上がった。

7月7日
石山修武

「飾りのついた家」組合3

剣持昤が提示した「規格構成材方式」は「開口部」論には欠かせぬ理論であったが、2021年の今を取り巻く、住宅生産及び量産体制化にある部材、部品群の現在を視るに、すでに理論としての価値は決して大きくは無い。
何故ならば、理論の価値が大きく現実に超えられた、そんな現実を我々が生きているからだ。(表紙、岡本太郎、明日の神話 参照)
乱暴だが、中途を全て省く。剣持の開口部論は量産を旨とした工業化時代の最良の理論だったが、今は大量に作るの前提が崩れ始めているからだ。量に対する想像力の形式は、今は繰り返すが、大量のゴミの生産に同じである。
量産は”民家”ひいては民主主義の平準化を旨とした幸福な時代もあったけれど、今は過去である。
それ故に「飾りのついた家」組合は清冽な文化の産物としての、極度に個別を目指そうとする。
2021年7月14日 石山修武

「飾りのついた家」組合2


岡本太郎「明日の神話」コロナ事変下で

WTCビル(NY)のイスラム原理主義者達による消失事件は当時のブッシュJr.大統領が「コレは戦争である」と述べたが、それに続く数々の大災害の連続、コレには福島第一原発の消失も含まれよう。コレもほぼ戦争に相似する。
今(2021年春)、渋谷駅コンコースに、メキシコから帰還した「明日の神話」は、大阪千里の太陽の塔と共に、人々が注視することは無いが、冷然として在り続ける。何がそう在らしめたのだろうか?
簡単な答えはあり得ようもないが、やはり子供達、わたくしの様な高齢者も包含する膨大な人々の無意識の集合がそうさせていると、考えるのが一番、それこそ明日の神話なのではあるまいか。希望はまだ在るのだ。

「大きな装飾」
高地でツクツェの計画

「世田谷村の類人猿」

「外連国小洒落日本」 COOL JAPAN VARIETY BANG

ディレクター・シナリオ = 高平哲郎
大阪城下での劇場づくりがいよいよ本格的になってきました。
そのダイジェストの細部をこれから報告していきたいと思います。
以下、渡邊大志、佐藤研吾のホームページをご覧ください。
渡邊大志HP
佐藤研吾HP
石山修武