設計製図のヒント

石山修武研究室M1ゼミ

情報時代の建築表現


概念図

はじめに

石山研M1のゼミの内容を公開します。

このゼミは、映像・情報といった、現代の私達を取り巻く実体のないものを、建築的世界から考えようというものです。

第一回 9/2 

「映像の特質としての移動

 −伝達・娯楽・実利−」

第二回 9/11 

「移動の動機

 −前近代と現代の相違点−」

第三回 9/18 

「移動の動機

 −娯楽−」

第四回 9/25 

「移動の動機(3)

 −現代−」

第五回 10/2 

「移動による感覚変化(1)」

 −前近代−

第六回 10/9 

「移動による感覚変化(2)」

 −現代−

第七回 10/16 

「移動による感覚変化(3)」

 −現代−

■これまで週一のペースで更新してきましたが、これでは研究が深まっていかないとの懸念が生じたので、今回を一区切りに、もう少し期間を置いての更新にします。

「直線」         川端/須田

前回、アニメーションの起源を調べ、なぜ建築には「笑い」がないのか、という点について指摘を受けた。 今回からこの「笑い」をひとつのテーマとして、いくつかの事例から順次「笑い」について考えていきたいと思う。

まず、旅と娯楽(笑い)のつながりとして『東海道中膝栗毛』をあげる。

『東海道中膝栗毛』は十返舎一九が著した滑稽本である。弥次さん喜多さんは道中、旅の恥はかき捨てとばかり、狂歌・洒落・冗談を交わし合い、いたずらを働き、行く先々で騒ぎを起こす。読者はこの失敗談に腹の皮がよじれる程笑うとともに、「せめて一生に一度はお伊勢さまへ」と憧れたと言われている。

葛飾北斎の「北斎漫画」が江戸庶民の生活をモチーフにしているように、江戸時代は大衆が初めて文化の中心となった時代である。

滑稽本は、江戸時代後期の戯作・俗文学の一種であり、中本で廉価なものが多く、会話文を主体とした平易な文章で構成され、単純な言葉の引っかけや常識から逸脱した言動などで大衆的な読者の笑いを誘うことを意図していた。

江戸時代においては大衆を対象とした、よりわかり易い表現として笑いが好まれたということになる。

また、笑いをデザインと結びつけて考える事例として「ニ笑亭」を挙げる。

これは明治期の東京市内繁華街に位置した赤木城吉による住宅だ。

敷地は95.7坪であるが尺や間のような基準を守っていないため、正確な計算ができない。しかし、これは彼が精神分裂病者であったという理由だけではなく、材料が精選されてかつそれを活かす為に普通の尺度にあわなくていいという態度からではないか、とされている。この点を考えるとデザイナーとしてのこだわりが伺える。

赤木城吉は関東大震災後、家族を連れて世界一周旅行をするという奇行に出た。その旅行から帰ってきて建てたのがニ笑亭なのである。

旅行中長男が父の奇行に耐え切れず錯乱状態に陥っても、長男だけを東京へ還し旅行を続けるという異常な迄の実行欲のある人物だった。この実行欲からうかがえるいくつかの建築の特徴を下記に挙げる。

・寺院か倉の様な異様な玄関(この玄関を入ると便所が見える)

・2階まで吹き抜ける大きなホール(照明も無く高さ4mあたりの人が届く筈もない場所に帽子や衣装掛けが大量に打ち付けられている)

・屋敷を取りまく厚いヒノキの板壁は節をくり抜いてガラスを嵌め込んだ覗き窓が無数にある

我々がシリアスに分けて考えてしまいがちな平面配置もディテールも城吉は同じ情熱を持って、その場その場で作っているように感じる。(私はニ笑亭をアール・ブリュットの一つとして見ていたが、それだけではないように思えてきた。)

前回ゼミで、モダニズムに象徴されるようにデザインを突きつめるとシリアスになっていく、という指摘を受けた。いままで最も遠かったと言っても良い「デザインと笑い」の結びつきを考えるため、幾つかの方面からもう少しじっくりと調べていきたいと思う。

参考文献:定本 二笑亭奇譚 式場隆三郎

「周遊」     岩田/中村

これまでの研究を振りかえると周遊から出発して日本に於ける巡礼やぐるりと巡る事への人々の動機を探る為に、毎回提示するテーマに基づきながらその欲求や感情が込められた具体物を探して考察してきた。

初期においては巡礼や旅の記録物である紀行文などに求めていたが、ここ二回ほどで巡礼を具現化した栄螺堂を発端としてカラクリに着目している。

また、この研究を進めて、娯楽的かつ実利的なモノの設計につなげるためにテーマを探してゆきたいと考えている。

前回は主に江戸時代の娯楽であるからくりに焦点を当てた。それは時計技術の輸入によって日本独自の発展を遂げてきた。

その原動力の中心は歯車によるということは言う迄もない。

歯車の歴史は古く、最初は水車の動力を伝えるためにローマ時代にはすでに存在したといわれる。時計などに使われる精密な歯車は15世紀のルネサンス時代のヨーロッパで時計職人が作り出したという。また、18世紀の産業革命の時期になると、歯車は非常に重要な役割を果たし、当時の蒸気エンジンなど技術も歯車の産物と言える。

現在では、その廻る形態の歯の形状や半径や曲線などのディテールは場所に応じた数学的な計算から求められている。

時計・カメラ・トランジスタを江戸時代にあてはめてみると日本の科学的風土の中にはカラクリ的性格がみてとれる。 そこで私達は、循環・円環・周遊などの廻るという動きにおいて、時計に注目したい。


時計、つまり時をはかる起源は天体にあり、それを具体的にデザインしたものとして日時計や天文時計がある。これは円弧の軌跡を描く中で計るものだ。

その後、かさや体積を利用した水時計や砂時計が考案された。これは垂直方向に刻まれたメモリで計る。

歯車が登場する事で、現在の円形のアナログ時計の原型ができ、そして16世紀頃から歯車の小型化により人がファッションとして身につける事の出来る懐中時計が男性の間で流行し、鎖国時代の日本にも輸入された。

廻るという機能がダイレクトにデザインとなっている時計は非常に興味深いものだ。

時計技術によって現在と過去という直線的な時間概念から、周期性をもつ円構造を見出すことで人々は安心感を得たのかもしれない。

また、江戸の農耕民族のなかに流れる時間は円感構造ですが、現代の都市を流れる時間は直線的なものに近いと言えるかもしれない。

これら時計のデザインの歴史的変化を図形的に追う事で、円環の設計へと繋げたいと考えている。

「垂直」          松山/呂

「前近代における”見渡す”の調査・テーマ探し」

このチームでの研究では、前近代についての考察があまりに少ない、との考察を受けていたので、今回は垂直に向かう人々の興味がどこからきたのか、を調べた。

上から下を見下ろす、眺望を楽しむ、といった人々の行動のあらわれは、清水寺を描いた当時の絵によって考える事ができる。

清水寺の舞台、それはけして街全体を見渡すためのものではなかった。舞台は南向きであるために、西に広がる京の町を望む事はできず、かわりに、桜の花の雲の上にあたかもいるかのように演出された場所だった。

「絵本東遊び」 葛飾北斎

舞台の外まで、人々の気持が向かったとしても、それは「見渡す」のではなく、「飛び降りる」ものであり、それはある種の感傷やエロティシズムを持って絵に描かれたとされている。しかし、これらの絵もあくまで飛び降りる女性と、舞台が描かれているのであって、その下の世界が強く意識されている事はないように思う。

「清水の舞台から飛ぶ美人図」 鳥居清長

この落下という感覚が、飛行に変化したのはヨーロッパにおける気球(※)の誕生によると考えられる。遠いヨーロッパにおける誕生にも関わらず、日本にもその情報は伝わり、さまざまな「気球といふもの」の記述が残っている。そして、その頃から、飛ぶ、という感覚を意識した絵が多く見られるようになった。

凧に乗って空をまっていたり、気球のような船にのって空をとんでいたり。

そして、このような新しい感覚が、最初に述べた清水寺の構図にも変化を与えているのである。

17世紀頃から輸入が始まった望遠鏡により、それらはさらに顕著になった。実際に飛ぶ、という体験のなかった日本においては、高所でもちいられた望遠鏡による視覚がそれを擬似体験させるものだったともいえる。しかもそこには、ただ桜を眺めるだけでなく、その下に広がるまちを見たい、という欲望が暗示されている。18世紀後半あたりになると、京における清水の人気は、それよりも高い東山にある正法寺にとってかわられたとされている。正法寺は、本堂が東向きで、町を眺めようとすれば、清水よりも良い眺望が得られた。

「上野清水堂の花見堂」 歌川豊国

「江戸名所集」鳥居清長

それぞれが、直接の因果関係があるかはわからないが、描かれる絵の変化を考えると、ヨーロッパによる新しい技術によって、日本における感覚変化が生じたのではないだろうか。そしてそのひとつに、幻想的な風景の楽しみから、実際に町を見下ろすというパノラマ的な視点の楽しみへという変化が考えられると思う。

また今までのゼミでアドバイスされたことを踏まえて、今後さらに深めて調査することを挙げる。これらの具体的な調査からテーマを見つけたいと考えている。

潜水艦映画における潜水艦のインテリア比較

私有潜水艦とプライベートジェットのデザインの娯楽性

吹き抜けとエレベーター

日本に一般公開されている潜水艦がないのは何故なのか

大統領専用機に一緒に乗っているのはどんな人なのか

何故人間は飛びたがるのか(イカルスの神話を交えて)

民間人の宇宙飛行の詳細

動きが見えるエレベーターの歴史

[参考文献] 江戸の思考空間 サイモンスクリーチ 青土社


※アール・ブリュット


特に芸術の伝統的な訓練を受けていなくて、名声を目指すでもなく、既成の芸術の流派や傾向・モードに一切とらわれることなく自然に表現したという作品のこと。「アール・ブリュット(Art Brut、「生(なま、き)の芸術」)」。 多くは子供や精神疾患者の作品を挙げられる。ヘンリー・ダーガーやシュヴァルなどは有名である。絵画の技術を学んでいない作家が多いが、自発的な作る、表現することへの欲求が特徴で魅力である。アンドレ・ブルトンがシュルレアリスムを考えるひとつの要因でもあった。 二笑亭にもこの要素があると思われるが、このゼミではデザインの方向から二笑亭を見ていきたい。


※和時計とからくり


茶運び人形の機構は、当時の和時計そのものだった。和時計は、世界で日本だけが作っていた、四季に変化する昼夜の長さに対応する実用の機械時計で、農業国だからこその技術だ。 13世紀頃に西洋で発明された機械時計は、フランシスコ・ザビエルにより鉄砲技術とともに伝来する。 軍事的、生産的な技術が発達した西洋のメカニカルな機械時計に対し、鎖国状況下の安定した江戸時代では、西洋のような蒸気機関や機械化された工場施設のようなものはほとんど見られず、芸術や芸能、娯楽が大きく発達した。 江戸の社会では技術が一部貴族達だけでなく広く社会に浸透・大衆化し、実用の社会が利用できる和時計がからくりへ発展した。 江戸は遊びの時代だった。 日本のからくりの特徴は、誰でもが祭りや見せ物、商品としてからくりを身近に見たり買ったりでき、その状況の中でからくりが発展したことが伺える。


※気球


世界で初めて人が空を飛んだのは、1903年のライト兄弟による有人動力飛行とよく言われるが、1783年のフランスのモンゴルフィエ兄弟による熱気球飛行である。しかしこれは燃料がボロ布や肥料だったため悪臭が漂い、煙のせいで眼下の景色はよく見えず、飛行距離も3キロと短いものだった。同年、シャルル博士によって50キロの飛行が達成された。 モンゴルフィエの気球に吊された部分はバスケットでしたが、シャルル博士の気球は船の形をしていた。 この出来事は、素早く日本の幕府に届き、日本中を騒がせた。気球の形をした陶器の容器が制作され始めたり、美人が気球につかまって飛んでいる絵を描いた扇子も作られた。 また日本では、1802年にロシアのラスクマンが無人の気球を空に浮かべたのが最初だが、これは墜落して火事を起こしてしまった。そのせいなのかは分からないが、日本では誰も気球に乗りたがらなかった。


しかしこれは重要な出来事であり、北斎にも影響を与えた。彼は感和亭鬼武による『和漢蘭雑話』の挿絵を描いており、その中にリュクトシップ(気球)の絵も出てくる。この気球の形は技術的には合理的ではないが、潜水するために二倍に膨らむとの記述がある。飛行する気球という現実を目の前にしたときに、それがいずれ深く水の中に潜っていくような相反する想像をするのはすごい事である。 それから200年経っている現在でも実現していないということは、役割に特化して、他分野と共同せずに物事を進化させていく現代のやり方に関係しているように感じる。


前回のキーワードに挙げた「知覚の変化」というのは、非常に大事な大テーマであるが、これまで誰も述べられなかった事を、こんなに簡単に述べる事ができるのだろうかという指摘をうけました。また、今回動画を初めて掲載するにあたって、動画・漫画・映像などの商品価値をスタディしたらどうかということになりました。

今回は娯楽性と実利性が隣り合わせではないかというアドバイスがあり、しばらくは3チームともこの仮説のもと浅く広い研究を進めて、娯楽的かつ実利的なモノの設計につなげたいということとなりました。

「直線」         川端/須田

前回、移動を知覚という大きな問題と結びつけられないか、という考えに至りました。

知覚の一側面として”頭で見る”ということがあげられます。今回は一例としてアニメーションの歴史について調べました。

animationとは、ラテン語で霊魂を意味するanimaに由来しており、生命のない動かないものに命を与えて動かす事を意味するといわれています。一コマ一コマが連続しているように見える限界値は1秒間に24 - 30コマであることは有名なはなしです。動いているということは、時間軸を有していると言えます。

前回掲載した「北斎漫画」も江戸町民の風俗を何枚かの絵で一連の動きを示し、動画と同じ意味を持ち合わせています。

一番最初に私たちは直線の旅を「移動の原理的なものである」と定義しました。

それは、アニメーションというものを俯瞰した捉えたときにも同じ構造を見れるのではないかと気付きました。

アニメーションにおいても初めと終りがありそのストーリーを完成させるために、コマが絵巻物が左にしか進まないのと同じように、一方向に進んでいきます。

アニメーションの始まりは漫画です。

漫画は現時性と線状性とが複合した一連の絵です。

日本の漫画の始まりとして有名なのは平安時代の鳥羽僧正による鳥獣戯画です。動作をいくつかに描き分けて、季節別のコマとしてストーリーがあるようにみせる、という手法は、今のアニメーションの技術と変りありません。

そして、社会風刺やユーモア、つまり「笑い」が伴われていることも重要な点です。

漫画の特徴は簡略化と抽象化です。わかりやすさと笑い漫画は広く大衆に受入れられました。

また一方で、漫画や風刺が弾圧された歴史があります。

ウンベルトエーコの「薔薇の名前」に修道院に隠されていたのはアリストテレスの形而上学と古代ギリシアの風刺世界でした。

キリスト教は「誰か(人)に笑われること」を嫌いました。

その後中世も、しばしば悪戯や笑いとして使われた悪魔をキリスト教は本格的な悪魔に仕立て上げたのです。

大きな宗教が笑いを恐れたという事実からも、笑いのもつ力がうかがい知れるのではないでしょうか。

第三回のとき、移動の動機に娯楽を見ようとしました。自ら旅することによって娯楽を得ようとしていたのではないかという考察です。

伝達(実利)の手法として、解りやすさと笑い(娯楽)という特徴を持つ漫画やアニメーションは、情報時代における情報の形として、優位に立つものなのではないのでしょうか。

今回は、直線という原理的な移動と、アニメーションの構造を重ねて考える事で類似点を見出せないかというものでした。

「周遊」     岩田/中村

今回も前回に引き続き移動の知覚変化を現代に置き換え、「娯楽」と「実利」に着目しながら考察を行いたいと思います。

前回の最後は走馬灯で締めくりましたが、玩具、つまり動くからくりには昔から人は大きく興味・関心を抱いてきました。具体的にはお茶くみ人形など、人間は動かずとも、装置そのものが勝手に動き人々を愉しませるからくり玩具は、娯楽性とともに動かずに享受できる実利性を兼ね備えていたのではないでしょうか。

例えば、日本の遊戯機械の歴史の根本を明治まで辿ると遠藤嘉一の名が出てきます。彼は「人手を介さずに販売出来る機械」つまり、実利性のもとに自動販売機を発明したのみならず、その機械に広告や音などで「購入する楽しみ」の価値を付加したのをきっかけに、「日本自動機娯楽機製作所(のちの日本娯楽機)」を設立します。娯楽の発端は実利に支えられてのものだったことが伺える歴史です。

前回お話した栄螺堂は旅の縮図装置です。リアルな旅をできない人々の為に造り出されたモノで、水平面の旅が垂直方向にベクトルをもって濃縮した空間として立ち上がり、そこには実利性が伴います。造り出されたアンリアルな世界のもつ実利性に値する対価を入場料として支払い、中に入る。そのうえで前回記述したような娯楽性があったのだと考えられます。

これは現代にも存在するのではないでしょうか。例えば、ディズニーランドをはじめとする各種テーマパークは濃密な世界を隔離された枠の中に造り出します。(それはどこかの模倣であり、ねつ造であり、良点をかいつまんで誇張した空間であるが)例えば世界中の都市をミニチュアにした東武ワールドスクエアなどは、距離を縮めた空間です。ディズニーランドの各遊戯施設のパビリオンも同様です。商業にまで範囲をのばせば、フードテーマパークや百貨店での物産展なども同様です。

遊園地はスポーツなどの娯楽に端を発しています。しかし現在テーマパークが台頭している背景には、テーマを誇張した濃密な世界の描写つまり、絶対的な距離を越える縮図の世界の実利性がものをいってるのでしょうか。

インターネットが台頭しているいま、心理的な距離はゼロに近いものとなっていえます。身の回りに溢れる情報の集合体に対する人間の欲求が、物理的な距離を擬似的に縮めるテーマパークの台頭に活力を与えてるのかもしれません。娯楽も実利も隣あわせにあるのが、現代的な実態なのかもしれません。

「垂直」          松山/呂

前回のゼミでは、潜水艦が恐怖の対象としての兵器であったにも関わらず、個人所有する潜水艦が出てきたことが非常に興味深いので、そのデザインの変遷を調べてみるといいとの指摘を受けました。つまり、勝利・交流という戦争の目的と、垂直に深くもぐっていく事に対するエンターテイメントという2つの相反する動機を、潜水艦は持ち合わせているということです。

海外では、観光用潜水艦が数多く存在していますが、残念ながら日本では沖縄の観光用潜水艦が無期限休業になって以来、存在していません。しかし、そんな日本でユニークな方法で海に潜ることが出来る場所があります。海の上に唐突にあらわれるらせん階段を降りていくと、海底に辿り着き、そこに集まる魚達を眺めることができます。


このような、実利と娯楽の共存といったことをテーマに、今回は空中への垂直移動として、飛行機やエレベーターを再びとりあげたいと思います。

1903年ライト兄弟によって世界初の有人動力飛行が行われて以来、現在では人々の旅行に欠かせないものとなった飛行機ですが、最短時間で目的地に向かう「移動」では、途中経過が乗客の目の届かないところにおいやられてしまっています。直接目的地へと向かうことができるようになったことと、上空で何もすることがない時間の空白を埋めるかのように、各航空会社は競って飛行機内でのエンターテイメントを提供しています。エコノミーでも一座席ごとに設置されている、映画やゲームの出来るスクリーンは、今や飛行機の常識になりつつあります。

また、プライベートジェットは、高いものはキリがありませんが、安いものでは1.5億円ほどで手に入るものもあります。将来的により安価なプライベートジェットが登場した場合、車に乗る感覚で空の旅ができるようになり、人々は移動をより気軽にするようになるでしょう。そして、そこでも空の旅を飽きさせない新たなエンターテイメントが登場するはずです。

現在、宇宙旅行の会社は日本にも何社か存在しています。2001年には日本ペプシ主催で宇宙の旅を企画していたそうですが、延期されているようです。しかし、2010年という近い将来には、20万ドルほどで約5分間の宇宙滞在体験ができるようになるそうです。民間人でも、現在までに6人の民間人(JTB宇宙旅行発表)が数日間の宇宙旅行をしており、宇宙旅行が宇宙飛行士だけのものではなくなる日も近いのではないでしょうか。

一方、エレベーターは、その動力自体は紀元前236年のアルキメデスによる貨物用滑車を起源とし、1852年クリスタルパレス博覧会にて、初めて人が乗った形でEGオーチスによって発表されました。

そのエレベーターが、現代では様々な形に変容してきています。

まずは、エレベーターの動き自体が注目されたものです。泉ガーデンタワーに2003年設置された屋外型展望エレベーターは、エレベーター設置規制の緩和から、日本で初めての外にむき出しのエレベーターです。さながらSF映画で描かれる未来都市(※)を思わせます。

ルーブル美術館にあるエレベーターも、その動きとデザインは独特なものになっています。


これらのエレベーターを、外から動きを見て楽しむものだとすれば、中国湖南省の百龍エレベーターは前面ガラス張りで、世界遺産の間を300m上昇していくもの、オークランドのスカイタワーのエレベーターも床がガラス張りのものであり、こちらは内側から移動を楽しむものだといえます。


また、軌道エレベーターという地上から静止軌道上以上を結ぶエレベーターがNASAによって開発が進められているようです。ロケットを使わない運搬方法として、大きな期待を寄せられています。


貨物を運ぶためのエレベーターは、以前述べたように、人の運搬、展望台への設置によって、人々を移動させる動機(=利便性)のひとつとなりました。現代ではさらに、そのエレベーターの実利性に、エレベーター自体のデザイン、動きに対する娯楽性が生まれてきているのではないかと考えられます。

これらの、利便性と実理性の共存したデザイン、というのは非常に現代的なものなのではないでしょうか。


両極のシュルレアル



キリコとダリ

前回のゼミにおいて呈示したキリコは、coolなシュルレアリスムである、との指摘を受けました。この絵は直線で道の先に誰かがいるという示唆的な構成です。これは大衆には解りづらく、受け入れ難いものです。

それに対するhotなシュルレアリスムとして挙げられたのはダリです。上野の森美術館で行なわれたダリ展の入場者数には驚かされました。ダリの絵は解りやすいのです。しかし、ダリの絵は美術世界ではその値が大きく変動する側面もあります。

これは情報時代における「受け入れられやすさ」「解りやすさ」の価値を知るヒントとなるのではないでしょうか。


からくりとロボット



日本のからくり人形の代表的なものはお茶汲み人形でしょう。時計技術を応用して作られた、当時の最新技術のからくり形は、お茶の席で人形がお茶を運ぶという実利と、その姿をみて愉しむという娯楽という点で、大変な人気を博しました。

現代のからくり人形にあてはまるものは、最先端電気技術で開発されたロボットでしょう。日本の先端企業はAIBOやASIMOといったロボット開発をこぞって行っています。 複雑な電子回路をもつロボットは、力学的なからくり人形ではできなかった人との応答といった行為を可能としました。人間の生活に合わせ作られ、人の動きを感知し、自律的に行動が可能だということは、人と人とが接するが如く接する姿に娯楽性を見出してきた事が読み取れます。


未来都市


未来都市とは、どのように描かれてきたのでしょうか。画像は、SF映画メトロポリス(1926年・監督フリッツラング)です。

19 - 20世紀の未来都市のイメージの変遷は2つの大きな流れに分けられるといいます。1つは社会主義的理念によって、スラム街問題解決策として描かれた、ユートピア的な未来都市。もうひとつはアメリカの大衆娯楽雑誌で、当時流行したSF小説の挿絵などに描かれた未来都市のイメージで、テクノロジーの発達が描かれています。

しかし、一方でユートピアに反する様な、もしくは「楽しくなさそうな」といった意味で、この2つに反する様な未来都市の描かれ方もあります。例えばブレードランナーに出てくる廃墟のような未来都市の姿です。

これらの未来都市の姿に共通して登場しがちなエレベーターですが、その背景を探るためにも、なぜデストピア的未来が描かれたということもひとつのテーマになると思います。


今回から、新しいテーマでさらに研究を続けていきます。前回載せた更新予定では「移動の知覚変化」「移動が空間に与える影響」を挙げていました。「移動の動機」を、移動する前の現象だと考えれば、移動によって人が何を感じるかというのは、移動中の現象、移動後に移動による影響が生じると考えられます。そのため、動機の次は、知覚変化をとりあげることとしました。移動によって、人はどのような感覚を得るのか。それは、人の空間把握にどのような影響を与えるのか。そのような考察を行うことによって、本研究を、少しずつ「情報」や「建築」といったものに、近づけていけたらと思います。

しかし、改めて今回の更新にあたって、「知覚変化」というタイトルを「感覚変化」に改めました。移動により、「視覚」から「知覚」への空間把握の変化がおきたのではないか、という仮説が生じたため、その変化も含めて研究しようと考えたからです。

前回のゼミでは、人はなぜ飽きるのか?という話とともに、現代は変化しない時代になっているのではないか、という話もありました。変化しない時代の、人間の物事に対する感覚とはどのようなものになっているのでしょうか?

「直線」         川端/須田

今回は少し抽象的な話しになってしまいますが、自分たちの頭の中の整理も含めて考察内容をここにあげます。

先週までの三回に渡って「移動の動機」を考えてきました。

目的がなければ人は移動する必要がない訳ですが、前回とりあげたように現代の私たちの移動の中には、かたや宇宙旅行といった大多数は果たすことができない好奇心を満たす為のものもあれば、まるで一つの都市のような豪華客船に乗ってゆっくりゆっくり急ぐことのなく移動を楽しむものも未だに存在していることがわかります。これらは早く・安く・遠くという移動には含まれない、極めて娯楽的要素の強いものであると考えます。

なぜ人は娯楽をもとめるのでしょうか。今回からは、「移動」に視覚のみではない「知覚」を見出せないかと考えます。

前々回、江戸時代におこった旅行熱の一つの要因として道中案内書が氾濫したことを挙げました。知らない事を知る事、つまり好奇心こそが人に旅をさせているのではないかと予測しました。

しかし、道中案内書などの氾濫を逆にとれば、‘なぜ実物を見に行きたいと思うのか’ という疑問にぶつかります。

今まで扱っていた東海道の旅でも図会(静止画)は美しい東海道の風景が示されており、それだけでも想像する事は出来るはずですがそれでも人々は旅に出ようとします。

葛飾北斎《雀踊り独稽古》

図会などの静止画では何が足りないのか。それが「知覚」なのかもしれない、と仮定します。

このように考えてから、絵画(静止画)を見ると、静止画は全体を伝えるもの、全体性を捉えたものが多いように思われます。そこにかかれているもの以外には何もありません。

それに対し、映像は次に何が起こるかわからなく、ときには自分の意志に反して何かが起こる可能性を秘めています。映像はある一定の時間をかけて、何かを伝える、または体感させるものです。

視点をかえて見ている人の側に立って考えると、静止画はそこからある一つのインスピレーションを得ることが出来ますが、その想像は自らの想像範囲内にとどまってしまいます。

それに比べ映像は、絶えず送られてくる映像を追う事で時間とともに見ている人の想像を修正します。仮にそれを対話と呼ぶとするのであれば、その対話の上で、自分の想像を越えたり、意外なことが起こる可能性もありえます。

今回の考察をふまえると、動くものが見る者に与える、または移動する者が感じる知覚とは感覚的なものであり、「五感に加えて、自分の解釈を加えないと見れないもの」なのではないか、と考えます。

「周遊」     岩田/中村

今回は移動が人にもたらした影響をもう少し建築や映像といったものに近付けて考察したいと思います。

巡礼は江戸時代になると地方各地に写し巡礼として盛栄していった事は前々回で記しましたが、その中でも巡礼の道中を一つの立体として立ち上げた栄螺堂があります。

旅を空間化してしまおうとした人々にはどのような思い、変化があったのでしょうか。

栄螺堂は三階建ての建物で、中には観音像があり、二重螺旋の構造をした建築内を一方方向に歩いて巡礼できる建築物です。江戸時代に巡礼地から遠方の庶民の間で流行しました。今迄の水平面的な周遊の移動に垂直方向のベクトルが加わり、上昇する事に重きを置き始めたものと捉えられます。平屋が多かったこの時代に上昇することで高い舞台から見る富士山や見渡す景色は巡礼とは異なる新たな発見の旅の興奮を肌で味わうものになったことでしょう。

また、何故この栄螺堂のフロアは階段ではなく坂道で構成されているのでしょうか。十八世紀末まで、同様の螺旋状の坂道は他に存在していませんでした。

近代の建築家ル・コルビジェのサヴォア邸はスロープが主役となっている建築です。移動を目的とした階段と異なり、建築空間を散歩するための装置としてスロープは設計に利用されています。なぜ二重螺旋がスロープで構成されているのか、それは空間を絵巻物のように一連の流れのものとして捉えるためでしょう。加えて二重螺旋であることで一方への流れが強調されます。スロープによって階段で巡る時の断片的にぶつ切りにされた空間認識を繋ぐのではなく、視覚をはじめ、感覚器官に働きかける一連の流れとしての空間、それこそがこの建築では特に重要だったのでしょう。

ところで、同時代には影を利用した玩具に走馬灯があります。夏の夜の娯楽として人々に人気があった玩具でした。光と影で作られる動く絵は当時の人々の感覚に絵巻物とは異なる感覚を起こしたのではないかと考えられます。

少し話がずれましたが、走馬灯ように回り続ける影を楽しむように栄螺堂の内部を当時の人々は歩き、体験していたのかも知れません。

「垂直」          松山/呂

前回は現代における「移動」中の意識の変化について考えました。技術力の誇示といった本来の目的が失われても、観覧車が魅力的であるのは「動き」そのものにあるといった内容です。今回は、前近代における垂直移動の中で、特に興味深い潜水艦に焦点を絞ってみました。

潜水艦の特筆すべき点は、潜航時は水上航行時に比べて被探知確率が激減するので高い隠密性が保てることで、究極のステルス兵器とも呼ばれます。

世界初の潜水艦は1人乗りのもので、1776年に登場しました。これは敵艦艇撃沈のために作られたものでしたが、任務は失敗に終わり沈没したと言われています。それからおよそ100年かけて、潜水艦は本来の目的である敵艦沈没を叶えるのでした。

深海へと潜っていく潜水艦の中では、地上とは全く異なる生活が営まれます。まず、湿度が異常に高いこと。長い潜伏ゆえに真水が貴重なので、洗濯、風呂、時にはトイレも制限されます。一ヶ月を優に超える潜伏期間、新鮮な食料も一週間ほどで腐り始めるため、食事のほとんどは乾パンなどの保存食になり、栄養は偏り、不足します。軍事用の潜水艦では、敵に悟られないように音が出る冷却設備が使えず、気温は25度を下ることがありません。

このような過酷な状況は、宇宙にも同じことが言えるでしょう。垂直方向の移動は、展望台における非日常性も含めて考えると、生活状況の変化と置き換えることが出来るかもしれません。

何故人は、過酷な生活環境へと追いやられる宇宙や深海といった垂直方向の移動に惹き付けられてやまないのでしょうか。

また現在では潜水艦を個人で所有する人々も出てきて、あくまで軍事用であった潜水艦は娯楽の道具へと変化しつつあるようです。


戦争を扱った作品の中でも潜水艦を題材としたものは様々に存在します。有名なものでは、小説『海底二万里』、映画『1941』『007 私を愛したスパイ』、漫画『沈黙の艦隊』『サブマリン707』など。これらは潜水艦のプラモデル等の発売との相乗効果によりかなり流行しました。

現在になっても潜水艦をテーマとする作品は制作されていて、また、近年のCG技術の発展により、小説や漫画の作品発表から30、40年経ってから映像化されたりもしています。


これは趣味の繰り返しであると言えるでしょう。ファッションでも80年代スタイルが再び流行したりしています。若者達は古いものを新しいと言ったりもします。新しいものを産出できない現代は、創造の限界にきてしまっているのでしょうか。

今回もまた移動の動機についての考察を行います。前回は前近代の考察を行ったので今回はその視点を現代に移しました。

まずは前回のゼミで言われた事をおさらいします。何故旅にでるのかという問いに対して、日常に対する嫌悪、つまり繰り返しに対する嫌悪が旅の動機として挙げられるのではないかというアドバイスを受けました。そして、もともと映像の特質を「情報・娯楽・実利」の三つとしてゼミを出発させましたが、現代の映像の実体として「娯楽のなかに情報も実利も包括されるてしまうのではないか」という言葉もいただいたので、今回の考察ではそれを活かそうと思います。

更に、先が不透明なままでは進めにくいとの結論に至り、今後の先の見通しを仮定としてでも立てたいと思い、ゼミの構成をここに呈示します。

このゼミの目標は情報化時代における建築を呈示することだと考えています。そこで「移動の動機」に加え、移動による「知覚の変化」と「空間の変化」を考察する必要があると考えました。具体的には、建築の中を移動する人が、空間をどう知覚しているのかということ、もしくは、移動している人がその空間や周囲の人にどう影響を与えるのかということを考えたいと思います。そして、第一回で行った「映像の特質としての移動」の考察に再び戻り、改めて「移動」におけるそれまでの研究を映像に繋げてゆけたらと考えています。

「直線」         川端/須田

前回まで

江戸時代においての旅の目的には、情報や物質の伝達、大名の財力を弱らせる実利的なもの、そして伊勢参りなどの「見た事のないものを見たい」という自ら進んでする旅あった。

今回は現代において旅の目的は変わっているのか、または変わっていないのかをみていきたい。

以下に現代における直線型の旅で特徴的なものを挙げる。

■宇宙旅行

ex)

日本人宇宙旅行 23億4000万円 

■クルーズ客船

ex)「フリーダム・オブ・ザ・シーズ」

総トン数: 154,407t

乗客定員: 3,624人

全長: 338.8m

全幅: 56.0m

ex)郵船クルーズ「飛鳥」

総トン数:28856t

乗客定員: 592名

全長:240.8m

全幅:29.6m

一人当り

約 360万円 - 1800万円

(世界一周)


技術の進歩に伴い、移動手段は過剰な程に大がかりになっている。

クルーズ客船は、一つの都市のようである。

目的は異なるが、どれも「移動する」ということに多額の資金を投じている事がわわかる。つまり現代においても形を変えて「移動する」ことに価値を置いているのである。

また、現代では物質や情報は「輸送」の形が主流となった。故に、現代の「旅」とは、とりわけ娯楽性が顕著になっているといえよう。

時代を通して「日常に無いものを見たい」という好奇心だけは、変化していないということが言えるのではないだろうか。

画像参考:

http://www.brainsellers.com/cuttysark/2006/05/post_288.html

http://blog.emelnopeia.com/?eid=118172

https://www.ncvb.or.jp/funclub/?mode=view&object=bulletin&id=107

「周遊」     岩田/中村

江戸末期に流行した「ええじゃないか」は、政治情勢の不安、治安の悪化により庶民の不満が爆発した世直し運動でした。「ええじゃないか」と言いながら踊り、憂さを晴らしたと言われています。

その感覚は、現代に生きる私たちが日常から飛び出して刺激をうけ、鬱憤を晴らすために手軽に行ける遊園地・テーマパークで体験するものに少し似た感覚ではないかと思います。遊園地は遊具を配置したものですが、昨今は現実の世界から切り離された世界を描いた空間を演出するものまであります。

これらのレジャー施設の空間配置は、敷地や建物の条件、周辺環境との整合性、円滑な動線の確保、利用の活性化や集客戦略、リニューアル計画、予算など、多面的に考慮され決められます。そのマスタープランの多くに回遊性を持った周遊の形態が用いられていますが、ここではひとつひとつの遊戯施設の及ぼす影響について着目したいと思います。

主としたアトラクションにジェットコースターやメリーゴーランド、回転ブランコ、コーヒーカップなどの遊具があります。どれも回転を主とした大型遊具です。

技術の発展により、自分の足で歩くことでは得られにくい感覚をもたらし、短時間でそれを体験することができます。客は乗り物に乗ることで楽しむと同時にその移動してこそ見える景色にその効果をアイキャッチなものとして示し、非日常の空間を演出する要素のひとつとして働いているのではないかと思います。次回の移動する人からの視点の考察に続けていきたいと思います。

「垂直」          松山/呂

今回の研究では、エッフェル塔から少し離れてみることにしました。前回のゼミで、「塔の思想」やエッフェル塔を調べ続けていても、この研究の本質(映像と建築ということ)に行き着かないであろう、というアドバイスを頂いたことと、今回のテーマ「現代」に合わないと考えたためです。

前回の研究内容のひとつ、「塔の思想」においても、少し現代に触れました。

「われわれが、このアメリカの塔形建築、摩天楼に近づいてみると、たしかにそれは塔ではなく」、摩天楼は「現代的要求によって成り立ち」、「新しい建築術がそのような複合建築を、単に横に広げるだけでなく、以前にはおよびもつかなかった高さへ、積み上げることを可能にしたのであって」塔ではない、と筆者は述べています。

そこで、現代における垂直への移動、として、今回は高層建築=摩天楼は取り上げない事としました。

そこで、今回はより「移動」に目を向けるために、観覧車についての調査を行いました。観覧車は、1893年のシカゴ・コロンビア博覧会にて、1889年のパリ万博のエッフェル塔に対抗して作られたものが始まりとされています。

それがいつしか、ジェットコースターやメリーゴーランドと合わせて「遊園地の三種の神器」として、遊園地にはなくては成らないものとなりました。


観覧車は「エッフェル塔のライバル」として、高さへの競い合いを宿命としていると考えられます。日本はその技術力をもとに、その高さ争い、つまり技術争いに加わっていましたが、2000年のイギリスロンドンアイ(135m)の誕生以来、地盤の関係から、世界一の高さを作ることは困難となりました。現在、世界最大の観覧車は、2008年3月に誕生した高さ165mのシンガポールフライヤーです。

しかし、ロンドンアイの誕生以降も、日本の観覧車は登場しつづけています。そこには、2つの特徴が考えられると思います。1つは、後楽園遊園地に作られたビッグオーに代表される、高さ以外の技術力の誇示。ビッグオーは、センターレスの新しいデザインをうりにした観覧車です。そしてもう1つは、葛西臨海公園に作られたダイヤと花の観覧車のような、都市型観覧車です。

現代では、観覧車は遊園地からその活躍の場を出ているのではないでしょうか。以下に示したのは、東京都内における、テーマパーク(水色)、遊園地(紫)、観覧車(赤)をプロットした地図です。

ディズニーランドに観覧車がないのは、その世界の外を「見せないようにする」為であるといわれています。逆の発想で、テーマパークに受け入れられることのない観覧車の新しい居場所は、景観の良い、海に代表されるような土地であることがこの地図からうかがえます。

高さ競争、技術の誇示といったものが失われても、観覧車が人々に魅力を与える理由は、動いていることそのものにあるのではないでしょうか。観覧車単体が、人々の目的地となっていたり、観覧車単体で行われているような広告イベントの存在も、観覧車が、現代においても集客力を持つことの証明であるように思われます。

前回のゼミで、近代以降の人間の特徴として「飽き」というものが挙げられました。飽きとは、「完全に知っている(理解済み)状況のことで、先の展開が完全に予測できるもの」、飽きないとは「その人が過去に経験にているものに似ていて、ちょっと違うものを学習(理解)している状態(ある程度先の展開が予測できるが、過去に経験したことがない新しい展開/知見が発見できる)のもの」であると、認知心理学などで定義されています。

一方、都内の観覧車一覧の、直径、一周所要時間から、おおよその観覧車の動きの分速をわりだしたところ、9m/m~20.5m/mとなりました。これは、人の歩行速度(67m/m)の約1/4程度となります。この、人間の目からは、あたかも止まっているかのような速度とともに移り変わる景観が、人々を魅了する=飽きさせないのはなぜなのでしょうか。

観覧車の魅力、ゴンドラの中で人々が感じる空間の在り方を考えていくことが、移動、しいては映像と建築を考察するヒントになるのではないかと考えています。

ディズニーランドに観覧車がないのは、その世界の外を「見せないようにする」為であるといわれています。逆の発想で、テーマパークに受け入れられることのない観覧車の新しい居場所は、景観の良い、海に代表されるような土地であることがこの地図からうかがえます。

高さ競争、技術の誇示といったものが失われても、観覧車が人々に魅力を与える理由は、動いていることそのものにあるのではないでしょうか。観覧車単体が、人々の目的地となっていたり、観覧車単体で行われているような広告イベントの存在も、観覧車が、現代においても集客力を持つことの証明であるように思われます。

前回のゼミで、近代以降の人間の特徴として「飽き」というものが挙げられました。飽きとは、「完全に知っている(理解済み)状況のことで、先の展開が完全に予測できるもの」、飽きないとは「その人が過去に経験にているものに似ていて、ちょっと違うものを学習(理解)している状態(ある程度先の展開が予測できるが、過去に経験したことがない新しい展開/知見が発見できる)のもの」であると、認知心理学などで定義されています。

一方、都内の観覧車一覧の、直径、一周所要時間から、おおよその観覧車の動きの分速をわりだしたところ、9m/m~20.5m/mとなりました。これは、人の歩行速度(67m/m)の約1/4程度となります。この、人間の目からは、あたかも止まっているかのような速度とともに移り変わる景観が、人々を魅了する=飽きさせないのはなぜなのでしょうか。

観覧車の魅力、ゴンドラの中で人々が感じる空間の在り方を考えていくことが、移動、しいては映像と建築を考察するヒントになるのではないかと考えています。

[参考文献]

「日本の遊園地」橋爪伸也

「観覧車物語」福井優子

前回から、移動の動機についての考察を始めました。今回は、その動機を娯楽に見たいと思います。

第一回では、移動の動機を伝達・実利・娯楽と仮定しました。

その中でも、伝達や実利といった目的は、時代によって大きく形を変えてきたと考えられます。例えば、飛脚のような移動による伝達手段が用いられた鎌倉時代とは異なり、通信手段の充実した現代では、必ずしも移動を伴った伝達が必要なわけではありません。また、江戸時代における参勤交代が現代にも実利性を持つわけではありません。

しかし、現代においても人は旅をし、日々移動しつづけています。それは、移動という行為に人間を魅了しつづける何かがあるからではないかと考えました。そこで今回はそれを娯楽と仮定し、人がいつ、どのような形で移動に娯楽性を見いだしたのかという考察を試みました。


図は、人が移動する際の、2種類の娯楽的な動機のあり方を示しています。1つは、出発地と目的地があり、その2つの地点の差異が、人間を移動させる動機となっています。もうひとつは、移動経路そのものが目的地であることを示しており、それらの径路を移動し達成することこそが、人間を移動させる動機となっています。

では、移動における娯楽の原点とは具体的にどのようなものなのでしょうか。以下に各チームの考察をまとめたいと思います。

「直線」         川端/須田

「直線の旅」とは水平方向の二点間を最短距離で結ぶ移動です。

直線の旅は設定した3種類の旅の形の中でも、最も移動の原理的行為に近いものであると考えられます。なぜ人が移動するのか、その移動の目的を遡ってみていきたいと思います。

元禄の初めに日本に来たオランダの医師ケンペルは『江戸参府紀行』の中で旅を、「みずから好んでする旅」「必要に迫られてする旅」に分類しました。

今回はこの、「みずから好んでする旅」に焦点をあてます。

「伊勢参り、大神宮へもちょっと寄り」という川柳が江戸時代に読まれたように、伊勢参りに行っても肝心のお参りはさっとすませて、ほかに楽しもうという雰囲気もあったことがわかります。江戸時代封建制度の社会では、伊勢参りをはじめ寺社に詣でることが庶民に許された数少ない旅の機会でした。そのため、敬虔な参拝を口実に、外の世界に触れて遊楽することをひそかな目的とする事も少なくなかったようです。

「みずから好んでする旅」とはいわゆる娯楽的な要素を持ち合わせた旅ですが、『旅の民族誌』の中での「みずから好んでする旅」の分類は、病気を治す医療と遊山を兼ねての「湯治」、および人々の信仰心に根ざす「社寺参詣」の二つであったと述べています。しかしこの分類以外にも、現代における娯楽の為の旅に近いものが民衆の間でも行われるようになってきたようです。

江戸時代に人々が旅に誘われるようになった理由として、各地の名所旧跡に関する情報が豊富になったことも一つの要因であると考えられます。道路の整備が宗教者や、諸国を巡る商人、旅芸人などの語り歩きを容易にし、寺社縁起や名所図などの書物や風景画も多く刊行されるようになりました。さらに、旅から帰った人が自分の見聞した各地の風物や奇談、産業や文物を身辺の人々に語り伝えることが可能となりました。

このように、知らなかった場所を見聞きすることで“行ってみたい”という旅心がかき立てられたと考えられます。こことは違う場所を見てみたいという意欲が、旅をする原動力の一つであると言えるのではないでしょうか。

「東海道名所図会を読む」粕谷宏紀

【参考文献】

・「東海道名所図会を読む」 粕谷宏紀 東京堂出版

・「旅の民俗誌」 岩井宏實 河出書房新社

「周遊」     岩田/中村

前回は紀行文を手掛かりに旅の目的について触れました。

それぞれの時代背景、交通手段に違いはありますが、何が移動の原動力になっているのかを整理してみると大きく2つに分けられると考えられます。

それは黄金の国を求めたマルコ・ポーロのような「好奇心、探究心」に対して、松尾芭蕉のように尊敬する先人の後をなぞっての「精神的な精進」です。

前者は目的地が明確であり、どちらかというと直線的な移動に近いと考えられます。一方、後者は複数の点を巡るその道程に目的・意義があり、私達が以前記した、複数の点を迂回して移動する事に近いように思います。

ここで改めて、私たちの定義する周遊を示します。

円環ではなく周遊という言葉を改めたのは、必ずしも円を描かず平面的に複数の目的地を廻り、その道程に価値をみるからです。直線移動の合理的に目的地への最短距離を移動する性質とは対極をなし、目的地自体に大きな価値を置いていません。巡礼は世界共通な宗教的行為ですが、キリスト教やイスラム教のように聖地を目指す巡礼と日本のようにある範囲内にある聖地の中で宗教的な意味のある数字の数の霊場を巡る二種類の形に大きく分けられます。

具体的には、お伊勢参りも伊勢神宮を目的地としており、メッカ巡礼もエルサレムのメッカを目的地とした直線的な移動とみなし、周遊的な移動とはみなさず、四国巡礼や百観音巡礼などの日本的な巡礼を研究対象としています。

さて、日本的な巡礼の本質を探るにあたって、「円」という言葉に着目しました。

円を用いた言葉に「円満」「円滑」「円熟」などがあり、どれも良い意味で使われています。仏教の教えのもとにおいて、「円」の形は徳において欠けたところがなく、人間として最も成就した状態を象徴しており、それは「円輪(輪円)具足」という中国の漢語などにも表われています。

巡礼は決して正円を描いているわけではないですが、廻るという行為を通して人間としての成就を暗示する円を意識しているのではないかと考えられます。直線の旅とは異なり、最短距離を経ずに迂回して歩く行為は、日常生活では体験しない時間体験、空間体験を身体をもって実現します。わざわざ時間と労力をかけて歩き回る巡礼を通じて「円」を体現し、人々が現状では解決できない問題を癒すことを目的としていたのではないでしょうか。

聖職者が仏教信者としての徳を得るために巡礼しはじめたこと、江戸時代に入って盛んに一般庶民が願掛けや病気の治療のために巡礼を行ったことにも共通して言えると考えられます。特に観音霊場や弘法大師霊場を巡礼の基本形とした「うつし霊場」が、地理的に困難な一般庶民のために各地に開創され拡張していきました。

以上から、精神的安定を求めての巡礼や精神的精進を求めての芭蕉の逍遥など、日本の周遊と精神とは大きな関係があります。

原始まで遡ると、移動は農耕や狩猟など生きるために必須の行為でした。中世になると商業的なモノの移動が生じて人との格差が貨幣をもって測られるようになり、格差や戦乱に対する現世の精神的不安を信仰やご利益をもって払拭しようと巡礼が盛んになっていたと推測されます。

対して比較的安定した近代社会においては、そのようなすがる行為の必要性は小さくなり、冒険・好奇心といった娯楽的要素に通じるものが大きくなったといえます。

聖地メッカのカアバに集まる群衆(イスラム教)観音霊場

【参考文献】

・「巡礼の構図」 山折哲雄・その他 NTT出版株式会社

・「日本歴史民俗論集8 漂泊の民俗文化」 山折哲雄・宮田登編 吉川弘文館 

「垂直」          松山/呂

今回は2つのアプローチから、考察を試みた。

1つはエッフェル塔建設当時の高層建築の調査。

もう1つは、前回のゼミで勧められた「塔の思想」という文献の要約である。

@ エッフェル塔と当時の高層建築


エッフェル塔に関する、次の文献を調査し、そこに出てくる高層建築や塔について調べてみた。

fig.1はその中で、当時エッフェル塔の高さを誇示するように雑誌に掲載された、「エッフェル塔と地球上の最も高い建造物」である。

それら高層建築の高さや展望台の有無などの調査を行い、一覧表にしてみたところ、エッフェル塔が建てられるまで世界一の高さを誇った、ワシントン塔に注目した。建築資材用のエレベーターが観光客用となり、893段の階段の代わりに人々を展望台まで連れて行くようになってからは、観光客数が急速に増加した、との記述があったからだ。

垂直移動への欲求と、エレベーターという移動手段の密接な関係がうかがい知れる。

A「塔の思想」要約


この本では、塔を無目的で無用なものであるとした上で、塔は「芸術的に実現された垂直上昇の理念の純粋な具体化」であるとして、fig3のようなクトゥプ回教塔などを例に挙げている。

具体的には、塔における精神的体験として「高所衝動」「戦慄」「高所陶酔」などが述べられているが、特にこの高所陶酔は、塔に登ったときの深い満足感を示し、「塔にのぼること」が、「快楽」に結びついているとも受け取れる。

一方、塔に対し、内面の衝動を表現したいという意思の欠けた摩天楼は、塔とは異なり、そこに誇示されているのは経済的効率の可能性のみである、とも談じられている。

以降の考察では、今までひとまとめに扱ってきた高層建築を、塔と摩天楼に分離させることが必要であると同時に、建築を建てる人間ではなく、登る人々を主体とできるような調査方法を考えなければならないと思っている。

[参考文献]

「塔の思想」 アレクサンダー著 河出書房新社 1972年

今回から研究テーマの3項目についての考察内容について公開していこうと思います。

前回、移動の動機を、伝達・娯楽・実利と仮定しました。その仮定のよりどころは、近代における技術の 発展に対する考え方です。

仮定自体の概念図をより具体的に見ていきながら、前近代と現代とでは異なる様相を持つのではない かと考えました。下図は、前近代と現代の移動の変化を図式化したものです。

前近代 現代

前近代において、移動の経緯が重要であった直線的移動に対し、現代では始点と終点(目的地)だけが重要となっています。それは円環移動・垂直移動においても同様であり、廻る経路が決められていた、前近代の円環移動に対し、現代は複数の目的地を訪ねる事が目的で、経路自体は問題ではありません。垂直移動においても、さらに高く、さらに広い範囲を見渡す事が可能となる一方、その経路はあまり重要視されなくなった、という事をこの図は示しています。

以下に、チームごとの前近代・現代の相違点を具体的に述べていこうと思います。

今回から、ゼミでの指摘を反映して、一度更新したページにも、毎回訂正を加えていくことにした。更新日に訂正予定の内容も記し、次週中頃までに訂正を行なう。

移動することに目が行き過ぎていて、何故人間は移動をし、移動に関心を寄せ続けるのかという、基本的な考察が足りないと指摘を受けた。初心に立ち返って、「動く」ということに関して3チームで考えようと思う。

「直線」         川端/須田

前近代から現代への移り変わりは移動手段の変化を伴いました。というよりも、移動手段の変化そのものが近代の歴史でもあると解ります。

移動速度の変化は直線の旅に大きな影響を与えたのではないでしょうか。

上図は東海道五十三次を旅する期間の違いによる宿場町利用場所の変化を印したものです。大名行列や飛脚、一般の旅人が利用する宿場町は歩く速度の関係で異なります。それにより本陣の数や旅籠屋の数は宿場によって上下し、そのことが宿場町全体の形成に関わっています。始点から終点に向う迄の道中も旅の一部となっていると考えられます。

移動速度の変化による始点から終点への時間短縮は、五十三次でいう宿場町の様な機能を不必要とし、いかに目的地まで時間をかけずに行くか、という事が重点になってしまったように思われます。

東海道五十三次は参勤交代や情報伝達という機能のうえに成り立っていました。 現代における直線の旅は、組織化された大量輸送をキーワードに’娯楽としての旅’として成立しているのではないでしょうか。インターネット上で目的地が明確なパックツアーを検索してみるとディズニーランドに行くツアーが4038件もあり、ダントツの人気を誇っています。加えて、近代以前の旅と異なる点として移動時間の短縮が旅の目的に’おみやげ’を買うという行為をつけくわえたことをあげます。

しかし、以上の考察では、本題が「移動」から「速度」にうつってしまい、「動く」「移動する」という行為の本質からズレている。

次回より、直線型の移動についてなぜ人は移動するのか、移動の目的の観点から詳しく考察してゆく。

2009/9/15 訂正

「円環」「周遊」     岩田/中村

今までの円環という言葉を周遊に改訂する。理由は私達の研究する動きは、必ずしも円を描かず平面的に複数の目的地を廻るからである。

具体的な周遊の記録として旅行中の体験を記した紀行文がある。紀行文は各点を廻った記録であり、旅先の情報を記したものである。 有名なものにマルコ・ポーロの「東方見聞録」やゲーテの「イタリア紀行」、日本では松尾芭蕉の「奥の細道」があげられる。 庶民が気軽に旅に出られない時代に紀行文は貴重な情報として機能し、旅に行けない人々にとってはとても想像力をかきたてる魅力的なものであったといえる。やはり旅の速度が、つまり旅の技術が大きく反映しているようだ。

マルコポーロ「東方見聞録」松尾芭蕉「奥の細道」

前近代の周遊には何かに縋る、先人の道をなぞるという信仰心で意義を見出していた事に対して、その後、参拝を名目とした旅が庶民に浸透すると景勝地や街を訪ねること自体を目的とする娯楽的な旅が流布した。 それは趣味やツアーパックで先人の書籍にある由縁の地を部分的に訪ねるように、道程よりも点在する各目的地を訪ねることに意義を見いだしている。

先人の道を歩いて辿る道中で信仰的な境地を見いだすことに意義を置いていた前近代、趣味などの娯楽で先人の由縁の地や景勝地を訪ねること自体に意義を置いている現代性が、今回の図で記した周遊の形態をかたちづくっていると考えられる。

人が何故移動することを好むのかという事を考えながら、ここでは過去の名作紀行文にある移動にはどのような動機があったのかを考察します。

「東方見聞録」

マルコ・ポーロは海外貿易で世界の中心として繁栄していたヴェネチア共和国の商人の家に生まれ、世界への好奇心、そして黄金・財力を手に入れる為に旅に出た。→富と冒険

「イタリア紀行」

ゲーテはドイツの政治家として公務をする傍ら、公私に行き詰まりを感じていた。ドイツ精神の暗雲から解放される為に、明るい雰囲気・風土を持ち、優れた芸術文化に富むイタリアへの憧憬を抱き求めて旅に出た。→逃避と憧憬

「奥の細道」

松尾芭蕉は中国の詩聖・杜甫に傾倒し、その人生観を尊敬しており、冒頭にある「春望」の引用にその姿が伺える。また多くの景勝地を巡り、俳諧の道を究めんとして旅に出た。→精進と詩聖への信仰心

三作品からは未開地への好奇心や先人を追い己を極めるという人生観を形成するために移動していたのではないかと考えられます。

2009/9/15 訂正

今回は国外の著名な紀行文をあげたが、次回はこれらの周遊の動機、目的を考察しようと思う。

「垂直」          松山/呂

前近代において、人々は自分の守らねばならない範囲(つまり自分のまち)が見渡せればよかった。櫓はそのまちを司る一つの城内に複数個建てられていて、それぞれが、敵の有無、貿易の船の発着、風流な景色といった眺める目的を持っていた。

城郭につくられた櫓は、一般的に防御の為の施設であったが、一方で、城主の趣味によって用いられたものもあった。月を眺める為の月見櫓、富士山を眺める為の富士見櫓などがそれである。

2009/9/15 追記


しかし現代においてその目的は変わった。鉄骨、エレベーターの登場により、物見台は更に高層になっていき、複数個あったそれらは一つに集約された。自分の領域内の出来事を眺める目的は、より大きな都市を俯瞰するという娯楽に結びついたのである。

エレベーターが垂直の旅において一つの契機となったのは、エッフェル塔の出現である。冬至の技術と、エッフェル塔との比較対象として挙げられる高層建築、つまり展望台を調査する。


エッフェル塔断面図 松浦寿輝「エッフェル塔試論」


さらに、高層の建造物には権力の誇示という役割もあった。

権力構造が変化し、資本主義の時代になっても、その表現は維持された。高さによる権威表現ではなく、高さを実現する技術力・資本力が、資本主義における権力=商業的誇示と結びついたのである。この流れは、1970年代頃まで続いた。

それ以降の商業的誇示は、建築の高さによるものよりも、個性的な建築物へと表現方法が変化しつつある。

そのような現代において、改めて超々高層ビルを建てる意味

とは何なのだろうかという事も考えていきたい。

2009/9/15 追記

石山修武研究室M1ゼミ00

情報時代の建築表現

石山研M1のゼミの内容を公開します。このゼミは、映像・情報といった、現代の私達を取り巻く実体のないものを、建築的世界から考えようというものです。

前回公開したページが分かりにくいとの指摘から、よりわかりやすいページを目指して改めてスタートする事にしました。

まずゼミを進めていく前に、私達がどのような作品をつくってきたかを紹介いたします。以下は学部三年生次の設計製図における作品です。

「直線」
地下水から調布の歴史をみる/K.Y線状都市を考える/S.Y
「円環」
都市軸と円形による広場/N.A地下水から調布の歴史をみる/I.E
「垂直」
都市の有形学的スタディ/R.C”ひらがな”的建築/M.S

これらの学部時代の作品がどのように展開し得るのかが、基本的なスタディのスタートです。

映像、情報といった、現代の私達を取り巻く実体のないものを、建築的世界から考えてみたい。

テレビ電話、メール、パソコンなど通信手段の揃った現代においても、人は移動しようとする。 なぜなのだろうか。

移動を発生させる動機を、

 伝達

 娯楽

 実利

ととりあえずは仮定する。これはまた、映像の概念そのものでもある。移動は動きであり、映像の全てではないが特質のひとつである。

そこで、「映像」を、より具体的な「移動」に置き換えて、考察を行っていく。

移動を、さらに

 直線状の動き

 円環状の動き

 垂直状の動き

の3種類に分解して研究を行う。


これらの研究を進めることで、3つのベクトルによる立体 - つまりそれこそ情報化時代における建築のありかた - が、見えてくるのではないかと考えている。

「直線」         K.Y S.Y

直線の移動とは水平方向の二点間を最短距離で結ぶ移動である。

直線の移動には目指す目的地が存在する。

たとえば東海道五十三次など長距離の旅において、飛脚は情報の伝達という機能を有し、参勤交代の道中の宿では娯楽という機能が栄えたのではないかと推測する。直線の旅は移動の原理的行為である。

東海道のような特徴を持つ線状の旅を現代にも見ていきたいが、まずは純粋に直線の旅を意識して、速力にはふれないこととの指示に従う事にする。

東海道五十三次

「円環」          N.A I.E

円環の移動として巡礼を例にあげた。直線のように二点を最短距離で移動するものではなく、複数の点を迂回して歩く。特に順番はなく、右回りでも左回りでもよく、途中からはじめてもいいという特徴を持っている。

巡礼は前近代において宗教的な意味を持っていたが、現代においてはその意味は薄れてきたのではないかと考え、現代における巡礼とは何かを考える。

また、今後ゼミを進めていくにあたり、円環という言葉が相応しいのかも検討していく。


江戸名所一覧双六  出典:「双六遊美」 山本正勝 (株)芸艸堂


「垂直」          M.S R.C

現代の都市は高層ビルが乱立し、最近では超々高層ビルも登場した。

高層ビルにのぼること、それはすなわち垂直の旅である。

多くの高層ビルには展望台が存在する。展望台が多くの観光客を集めるのは、非日常的な光景に天空から見渡しているような高揚感を感じるからだ。そのようなある種の快楽を求めて、人々は上へ上へと導かれているようである。

世界初の展望台は、一体何なのであろうか。

また、垂直方向の移動というのは、言い換えればエレベーターの移動である。エッフェル塔のエレベーターを足掛かりに、娯楽としての垂直の旅の歴史を探ってゆく。

エッフェル塔


また、今回から次回更新予定日と予告も告知していきたいとおもいます。

次回は9月11日を予定し、研究テーマの3項目について具体的に公開してみたいと思います。

空間が主体を伴うものだとすれば、建築空間は主体の側から見た場合の建築表現によってかたちづくられる。

建築表現を空間として考えるということは、「建築の中におかれる移動する主体を見る」ことから「移動する主体から見た建築」へ視点を転換するということになる。

さらに映像から建築表現を考えるというときは、その空間の視覚表現の関係に注目することになる。

さて、サイトのデザインも含め、情報の視覚、映像の視覚、移動する空間の視覚はどう表現されていくのでしょう。

N


シュルレアルの世界


余談であるが、今回の考察を踏まえた上でシュルレアルの代表作であるこのキリコの絵は映像的な絵画と言えるのではないだろうか。

先の視えないパースの狂った道を女の子が駆けてゆく。その先には何かの影がある。この女の子を”誰か”が違う視点で見ている絵である。

道の先に今想像し得るなにかとはまた別の出来事が待っている。この感覚は、今迄考察してきた移動の概念に非常に近いのではないだろうか。


玩具・走馬灯


絵巻物と同時期に流行した文化に回り燈籠があります。どんどんと移り変わるイメージ、永続的で終りの無い影を、お金をはらって熱狂的に見に行ったとされて

います。走馬灯の、心ここにあらず的な旋回運動は、江戸という熱を帯びた生活の空虚さを投影しているようにもみえます。同じものが永遠に繰り返す様子は、

走馬灯の主題にもたびたび利用されたといいます。

この栄螺堂も回り灯籠も江戸の時代とともに衰退してしまいます。

新しい感覚を植え付け、大衆に流行した「動き」も、走馬灯のように流行してある程度普遍化すると飽きられ衰退する運命にあったのでしょうか。


潜水艦


前回のゼミでは「沈黙の艦隊」という漫画についての話が出ました。

男性には大変人気だったというこの漫画。

このように、男性はSFものなどの映画・漫画といったエンターテイメントを好む趣向がありますが、

女性のSF好きはあまり聞いたことがありません。

話は変わって、安陪公房の「砂の女」という本がありますが、その中でも、このような男性と女性の差というものが象徴的に描かれています。

砂に囲まれた崖の下の家から、どうしても外に出たい主人公。主人公はもちろん男性です。

一方、外に出る必要を感じず、ただ、生活の潤いとしてラジオをのぞむ女性。

外へ外へと望む男性と、内々の充実を求める女性。これらはSF映画に対する趣向と似たようなものがあると思います。

前回の研究までは、移動の動機を好奇心であると仮定してきましたが、そうなると、そもそも移動は男性のもののような気がします。

一方で、移動と聞くと、つい買い物に走る女性を頭に浮かべがちになるのは、現代の移動が消費によってなりたっているからなのでしょうか。


OSAMU ISHIYAMA LABORATORY (C) Osamu Ishiyama Laboratory , 1996-2009 all rights reserved