090 −コラム的連載 今、噂の「近代能楽劇場」について 1
そうか、芸術はやっぱりゴミだったのかと実感して横浜から帰った。堀尾貞治さんの百円アートだけが面白かった嘘寒さの只中にある。月並みだが木枯しの季節なのである。
最近、研究室の空気もはなはだ嘘寒い。ブルブル、ゾクーッとする位だ。何故なんだろうと考えてみた。背後霊がまといついたわけではない。そんな霊がまといついてくれる程に研究室は湿り気も、人間臭も今は稀薄だ。でも、確かにゾクーッとする位に寒い。
ハッキリとした寒さには原因がある筈だ。暖房機器が故障しているとか、馬鹿が空調の温度設定をミスったとか。しかし、この寒さはそんな合理的な原因から来ているものではない。いかにも、いわく言い難い不可解さの気配があるのだ。
クンクン、匂いを嗅ぎ廻る野良犬の振りで辺りを見廻してみる。マア、今は野良犬の如き高貴な存在は絶無ではあるけれど、昔懐かしい記憶の中からその風体を思い出しつつ気配を探る真似をしてみた。
すぐに原因はわかった。私もそれ程ひどいボケ方はまだしていない。
渡辺の奴メがその寒さの素、味の素だった。スタッフの渡辺は最近、何故か私の目をフッとそらす事が多い。そらされると、それだけこちらは気になる。何かこの人間は隠し事をしているなと確信するにいたった。
それが、どうやら、演劇活動にコッソリ夢中になっているらしい。並大抵の、のめり込み方ではなくって、建築の設計作業なんて、上の空状態で、私の指示だってハイハイといい返事だって演劇状態で、ハイハイの返事の裏では何やら、コッソリ、夢中になってやっている事があるらしいのだ。
それが、研究室の空気を氷河期のように嘘寒くしているのだ。
四方八方探りを入れてみたら、何と渡辺は劇団作って旗揚げ興行寸前なのだと言う。まずい事に、驚いた事に、研究室の連中の大半とまでは言わずとも、幾たりもの人間がそれに巻き込まれて、演劇活動の準備中なのだと言う。これでは研究室の空気は変なモノになってしまうのは当り前である。
これは、我研究室のクーデターではないかと遅まきながら気付いた。気付いたら、善後策を講じなければならぬ。
それで講じた。
先ず渡辺が旗揚げせんとしている劇団の名を突きとめた。
「近代能楽劇場」という名であった。
更に探りを入れた。
旗揚げの演目は、何と、三島由紀夫の「金閣寺」らしい。らしいのではない、もう、舞台ゲイコまで始まっているという。
石山修武
|